永応女王(読み)えいおうじょおう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「永応女王」の解説

永応女王 えいおうじょおう

1703*-1754 江戸時代中期,霊元天皇皇女
元禄(げんろく)15年11月20日生まれ。宝永7年大和(奈良県)円照寺出家享保(きょうほう)10年京都大聖寺にはいり,紫衣(しえ)をゆるされる。12年円照寺にもどった。宝暦4年5月22日死去。53歳。幼称は乙宮(おつのみや)。別号文応諡号(しごう)は清浄心院

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367日誕生日大事典 「永応女王」の解説

永応女王 (えいおうじょおう)

生年月日:1702年11月20日
江戸時代中期の女性。霊元天皇の第10皇女
1754年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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