河原町通り(読み)カワラマチドオリ

日本歴史地名大系 「河原町通り」の解説

河原町通
かわらまちどおり

豊臣秀吉の京都都市改造後に開かれた通り。上・中・下京を南北に貫通。開通年代は不詳だが、寛永以後万治以前京都全図には既に丸太町まるたまち通以北に記されており、また、宝暦一二年(一七六二)刊「京町鑑」は本通の沿革を次のように記す。

<資料は省略されています>

天正一九年(一五九一)、豊臣秀吉が御土居おどい築造を行ったとき、東側をかも川西岸としたのは、頻発する鴨川の氾濫に対する施策であったが、その後御土居の東側に町家が徐々に建てられたことから、寛文期(一六六一―七三)に鴨川の新堤が作られ、洛中の区域が拡大。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む