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河辺精長

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美術人名辞典の解説

河辺精長

江戸前期の国学者。伊勢神宮大宮司。伊勢山田の人。大中臣姓。慶順・喜右衛門と称す。在任22年、神宮の興隆と摂末社再興に尽力。貞享5年(1688)歿、88才。昭和3年御即位礼に際し正四位を贈らる。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

河辺精長 かわべ-きよなが

1602*-1688 江戸時代前期の神職。
慶長6年12月6日生まれ。仏門にはいり慶順と称したが,還俗(げんぞく)して河辺姓にもどる。度会延佳(わたらい-のぶよし)に神典をまなび,伊勢神宮大宮司となる。寛文9年(1669)の式年遷宮の際,内宮,外宮の摂社を修築するなど神宮興隆につくした。貞享(じょうきょう)5年8月29日死去。88歳。伊勢(三重県)出身。著作に「寛文摂社再興記」。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

河辺精長

没年:元禄1.8.29(1688.9.23)
生年:慶長6.12.6(1602.1.28)
江戸前期の伊勢大宮司。伊勢国(三重県)度会郡山田の人。本姓は大中臣氏。河辺仁清の子。名は清長から精長へと改める。一時出家し慶順と称したが還俗して河辺氏に復する。通称は喜左衛門。承応2(1653)年大宮司に任ぜられ従五位下,明暦1(1655)年神祇権少副,寛文1(1661)年同少副。延宝3(1675)年大宮司を辞す。のち従四位下に叙される。伊勢神道を度会延佳に学び,中世以来放置されていた内外両宮の摂社の復興に努めた。<著作>『寛文摂社再興記』『万治内宮御炎上記』『伊勢祭主沙汰文』

(白山芳太郎)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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