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度会延佳 わたらいのぶよし

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

度会延佳
わたらいのぶよし

[生]元和1(1615).4.28. 伊勢,山田
[没]元禄3(1690).1.16.
江戸時代前期の神道家。出口延佳ともいう。初名は延良,通称は与三郎,信濃,号は直庵,講古堂。父は度会延伊。家は代々伊勢神宮外宮の祠官。生来学を好み,和歌のたしなみも深く,神典に通じ,伊勢神道を再興した。

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デジタル大辞泉の解説

わたらい‐のぶよし〔わたらひ‐〕【度会延佳】

[1615~1690]江戸前期の伊勢外宮の神官。伊勢の人。伊勢神道中興の祖とされ、伊勢神道から仏教色を排し儒教を導入した。著「陽復記」「神宮秘伝問答」。出口延佳。

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百科事典マイペディアの解説

度会延佳【わたらいのぶよし】

江戸前期の神道家。宇治山田の人。出口延佳とも。外宮の権禰宜(ごんねぎ)。神典・和歌に通じ,伊勢神道の興隆を願って《陽復記》《神宮秘伝問答》などを著した。外宮に豊宮崎文庫を創設した。
→関連項目垂加神道

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

度会延佳 わたらい-のぶよし

1615-1690 江戸時代前期の神職。
慶長20年4月28日生まれ。度会延伊の子。6歳で伊勢神宮外宮(げくう)の権禰宜(ごんのねぎ)となる。伊勢(度会)神道を興隆させ,慶安元年同志と豊宮崎(とよみやざき)文庫を創立した。元禄(げんろく)3年1月16日死去。76歳。家名は出口。初名は延良。号は直庵,講古堂。著作に「陽復記」「太神宮神道或問(わくもん)」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

わたらいのぶよし【度会延佳】

1615‐90(元和1‐元禄3)
江戸初期の神道家,国学者。外宮権禰宜で,出口延佳ともいう。著書には《陽復記》,《神宮秘伝問答》,《神宮続秘伝問答》,《中臣祓瑞穂鈔》,《神代巻講述鈔》があり,校訂板行した書に《鼇頭(ごうとう)旧事紀・古事記》および《士仏参詣記》などがある。また豊宮崎文庫を創設し神官祠官の子弟教育にも努力したが,1670年(寛文10)11月の大火で多年収集の書物および校訂の書冊いっさい烏有に帰した。71年10月には両宮師職銘論の訴訟があり,江戸に提訴した外宮方は敗れ,祠官一同とともに閉門に処せられ,以後志気衰えて著述も中止し,90年正月18日76歳をもって没した。

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大辞林 第三版の解説

わたらいのぶよし【度会延佳】

1615~1690) 江戸前期の神道家。号は直奄・講古堂。伊勢外宮の権禰宜。伊勢神宮を儒教理論により再編成し、その中興を図った。著書は「陽復記」「大神宮神道或問わくもん」など多数。出口延佳。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

度会延佳
わたらいのぶよし
(1615―1690)

江戸中期の神道(しんとう)学者。出口(でぐち)延佳ともいう。慶長(けいちょう)20年4月28日、伊勢(いせ)に生まれる。通称は与三次郎。初め延良(のぶよし)、のち延佳と改める。信濃(しなの)、愚太夫(ぐだゆう)と称し、直菴(じきあん)、講古堂(こうこどう)と号する。6歳にして豊受(とようけ)大神宮権禰宜(ごんねぎ)に補せられ、神明奉仕のかたわら、度会神道(伊勢神道)の興隆に努めた。学説の特色は、中世思想を脱し、「日域(にちいき)相伝の中極の神道」を平易に主張したことにある。1648年(慶安1)、同志70人と豊宮崎(とよみやざき)文庫を創設、『神書旧記』を校訂編纂(へんさん)し、秘籍の開板を進めた。その学名は後光明(ごこうみょう)天皇の叡聞(えいぶん)に達し、徳川光圀(みつくに)の勧めにより『太神宮参詣記(だいじんぐうさんけいき)』を献上した。門下には山本広足(ひろたり)、真野時縄(まのときつな)、河辺精長(かわべきよなが)など、多くの俊秀が輩出した。また度会四門の氏人(うじびと)意識から、摂社(せっしゃ)の田上大水(たのえおおみず)神社を再興するなど事績は多い。東山(ひがしやま)天皇即位の総位階によって正四位下に昇叙。元禄(げんろく)3年1月16日没。主著『陽復記(ようふくき)』はじめ、『太神宮神道或問(わくもん)』『神宮秘伝問答』『伊勢太神宮神異記(しんいき)』『中臣祓瑞穂抄(なかとみはらえみずほしょう)』など、著書も多い。[中西正幸]
『神宮司庁編・刊『度会神道大成 後篇』(1955) ▽西川順土校注『伊勢神道 下』(1982・神道大系編纂会)』

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世界大百科事典内の度会延佳の言及

【陽復記】より

…1650年(慶安3)冬,伊勢豊受(とゆけ)大神宮(外宮)権禰宜度会延佳(わたらいのぶよし)の撰した書。翌年板行。…

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