清水家陣屋跡(読み)しみずけじんやあと

日本歴史地名大系 「清水家陣屋跡」の解説

清水家陣屋跡
しみずけじんやあと

[現在地名]春日居町下岩下

甲斐国内の清水家領を管轄するために設置された陣屋。清水家は宝暦八年(一七五八)九代将軍徳川家重の第二子重好が江戸城田安門内に清水第と称される邸を与えられたのが始まりで(徳川実紀)、成立は三卿のうち最も遅い。同一二年一〇万石の所領が与えられ、甲斐国内では二万五六〇石余が設定された。翌一三年下岩下(しもいわした)村に敷地二反余の陣屋が設置された(甲斐国志)。


清水家陣屋跡
しみずけじんやあと

[現在地名]山梨市北

笛吹川中流右岸の平坦地、真言宗智山派神宮(じんぐう)寺北方の城の腰(じようのこし)にある。現在はぶどう畑になっており、当時の石垣や堀跡が残る。敷地近くを秩父(ちちぶ)往還が北東から南西にかけて通る。八代将軍徳川吉宗によって設けられた三卿の一家、清水家の甲斐国における領地支配のために設定された陣屋。清水家は九代将軍徳川家重の第二子万次郎(重好)が宝暦八年(一七五八)に江戸城清水門内に邸宅を置いたことに始まり(徳川実紀)、同一二年甲斐・和泉・大和・播磨・武蔵・下総などに一〇万石の所領が設定され、甲斐では二万五六〇石余の領地が与えられた(甲斐国志・牧丘町誌)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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