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清水家 しみずけ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

清水家
しみずけ

江戸時代,徳川将軍家の一門。御三卿の一つ。9代将軍徳川家重の次男重好が,江戸城の清水門内に屋敷を与えられ,家を興したのが始り。田安家一橋家とともに御三卿といわれ,御三家に次ぐ家格となり,徳川を称した。所領 10万石。明治維新後,伯爵。

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百科事典マイペディアの解説

清水家【しみずけ】

徳川三卿の一。9代将軍徳川家重の次男重好(しげのり)を祖とする。1759年,元服した重好は徳川の家号を許され,江戸城内清水邸を与えられた。清水徳川の名称の由来となる。

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世界大百科事典 第2版の解説

しみずけ【清水家】

三卿の一つ。9代将軍徳川家重の次男重好を祖とし,1758年(宝暦8)江戸城清水御門内に屋敷を与えられたところから清水家と称した。高10万石。2代敦之助より5代斉彊(なりかつ)まで,いずれも11代将軍家斉の庶子によって相続された。三卿は将軍家の血統保持と三家制御の役目をもち,三家に次ぐ家格を保持した。【藤野 保】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

清水家
しみずけ

御三卿(ごさんきょう)の一つ。9代将軍徳川家重(いえしげ)二男重好(しげよし)を祖とする。重好は1758年(宝暦8)14歳のとき江戸城清水門内に屋敷地を与えられ、これを清水屋形(やかた)と称したため清水家とよばれる。翌年元服して徳川を姓とし、屋敷も完成し、62年、10万石の領地を与えられ、将軍の家族の一員として待遇された。以後三度の中絶期間があったが、敦之助(あつのすけ)、斉順(なりゆき)、斉明(なりあき)、斉彊(なりかつ)(いずれも11代将軍家斉(いえなり)の庶子)と相続し、6代昭武(あきたけ)(水戸の徳川斉昭(なりあき)十八男)は1867年(慶応3)パリ万国博覧会のために渡欧した(のち水戸家を継ぐ)。8代好敏(よしとし)はわが国航空界の先達(せんだつ)として知られる。[上野秀治]

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世界大百科事典内の清水家の言及

【三卿】より

…徳川氏の直系一門のうち,田安,一橋,清水の3家を指す。田安家は8代将軍吉宗の次男宗武,一橋家は同四男宗尹(むねただ),清水家は9代将軍家重の次男重好を祖とし,それぞれ10万石を支給された。この3家の官は諸省の卿に任じられることを例としたところから,三卿と称した。…

※「清水家」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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