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渡辺省亭 わたなべ せいてい

美術人名辞典の解説

渡辺省亭

日本画家。東京生。姓は吉川、名は良助。菊池容斎門人となる。洒脱な筆致に洋風を加味した色彩鮮やかな花鳥画により名声を博し、国内外の博覧会で高い評価を得た。また七宝焼図案・木版画・雑誌挿絵も手掛け、山田美妙の『胡蝶』の挿絵で評判を集めた。大正7年(1918)歿、68才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

渡辺省亭 わたなべ-せいてい

1852*-1918 明治-大正時代の日本画家。
嘉永(かえい)4年12月27日生まれ。菊池容斎にまなび,洋風を加味した独自の花鳥画を得意とした。挿絵,木版画も手がけた。明治11年パリ万博に出品して銅牌を,16年アムステルダム万博で銀牌を受賞。大正7年4月2日死去。68歳。江戸出身。旧姓は吉川。名は義復。通称は良助,政吉。作品に「雪中群鶏図」。

渡辺省亭 わたなべ-しょうてい

わたなべ-せいてい

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

渡辺省亭

没年:大正7.4.2(1918)
生年:嘉永4.12.27(1852.1.18)
明治大正期の日本画家。江戸神田生まれ。本姓吉川,名は義復,通称良助。16歳のとき菊池容斎に入門し,また柴田是真に私淑。師風を墨守すべからずという容斎の塾風に従い,花鳥画家として立った。明治8(1875)年から起立工商会社で輸出工芸の下絵図案を描き,11年のパリ万博に同社から出張。日本画家の渡欧は,おそらくこれが最初である。帰国後,洋風の質感表現を加えた花鳥画を創出。万博で高賞を受賞し,国内よりむしろ欧米で高い評価を得た。作品は欧米各地の美術館やコレクションに含まれている。また木版画,雑誌挿絵も多く制作した。

(佐藤道信)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

世界大百科事典内の渡辺省亭の言及

【蝴蝶】より

…二郎が源氏方の密偵であり安徳帝の所在を密告しようとしていることを知った蝴蝶の驚きと絶望,そして彼を殺害するにいたる彼女の苦悩と決断,さらにそれが帝の死によって無効となってしまう運命の悲劇が,当時としては新奇な口語文体で装飾的につづられている。素材,文体,テーマともに《武蔵野》(1887)の延長線上にあるが,渡辺省亭の描いた裸の蝴蝶像が話題となったこともあって,美妙を一躍流行作家に押し上げることとなった。【山田 有策】。…

【渡辺水巴】より

…俳人。本名は義(よし)。花鳥画の大家,省亭(せいてい)(1851‐1918)の子として東京に生まれた。虚子が〈守旧派〉を標榜した大正はじめの《ホトトギス》で活躍,〈春寒く咳入る人形遣(つかい)かな〉(1913)のような江戸趣味的な情調に特色を発揮した。1916年には《曲水(きよくすい)》を創刊,主宰したが,18年の父の死を境にして,その情調に心境の陰影が加わった。27年,〈白日は我が霊(たま)なりし落葉かな〉を得た水巴は,〈静寂境に無遍の霊光を放ってゐる其の白日の玲瓏さ,荘厳さ〉(《続水巴句帖》序,1929)を,自分の生と俳句の理想とするようになった。…

※「渡辺省亭」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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