渡辺蒿蔵(読み)ワタナベ コウゾウ

20世紀日本人名事典 「渡辺蒿蔵」の解説

渡辺 蒿蔵
ワタナベ コウゾウ

江戸時代末期・明治期の官僚 工部省技師。



生年
天保14年4月3日(1843年)

没年
昭和14(1939)年9月7日

出生地
長門国萩(山口県萩市)

別名
旧名=天野 清三郎,諱=寛

経歴
安政4年(1857年)友人に誘われて兵学者・吉田松陰松下村塾に入る。のち、萩西洋学所や江戸・桜田藩邸の有備館に学び、蘭学や英語を修めた。文久3年(1863年)奇兵隊に入り、遊撃隊の用掛に就任。元治1年(1864年)には京都に赴く途中、禁門の変での尊皇派敗北を聞き、急いで帰藩した。慶応2年広沢真臣らのはからいで欧米に渡り、イギリス・グラスゴーの造船所に入って造船技術を修得。明治4年には日本から来た岩倉使節団ロンドンで迎えた。のちアメリカに移り、ボストン造船所に勤務。9年に帰国後は長崎造船所所長や工部省技師を歴任した。24年に退官し、以後、死ぬまで郷里・萩で過ごした。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「渡辺蒿蔵」の解説

渡辺蒿蔵 わたなべ-こうぞう

1843-1939 幕末-明治時代の武士,官吏
天保(てんぽう)14年4月3日生まれ。長門(ながと)(山口県)萩(はぎ)藩士。吉田松陰の松下村塾にまなぶ。慶応2年アメリカ,イギリスに留学し造船学をおさめる。帰国後,長崎造船所所長,工部省技師をつとめた。昭和14年9月7日死去。97歳。名は寛。旧名は天野清三郎

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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