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満川亀太郎 みつかわ かめたろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

満川亀太郎 みつかわ-かめたろう

1888-1936 大正-昭和時代前期の国家主義者。
明治21年1月18日生まれ。雑誌「大日本」編集長をへて,大正7年大川周明らと老壮会を結成。翌年北一輝をくわえて猶存(ゆうぞん)社とし,国家改造運動の実践をめざす。14年大川の行地社にくわわった。拓殖大教授。昭和11年5月12日死去。49歳。大阪出身。早大中退。自伝に「三国干渉以後」。

出典|講談社
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世界大百科事典内の満川亀太郎の言及

【行地社】より

…機関誌として月刊《日本》を発行。初め満川亀太郎,笠木良明,安岡正篤,西田税など猶存社の主要メンバーが集まったので,当時最も有力な国家主義団体とみられていた。しかし,25年の安田生命争議や宮内省怪文書事件をきっかけに国家主義者間の大川派と北一輝派との対立が表面化すると,社内でも内訌(ないこう)がおきた。…

【猶存社】より

…社名は陶淵明の詩〈雖三径就荒松菊猶存〉にちなんだという。前年来の老壮会の活動にあきたらなくなっていた満川亀太郎が,より実践的な活動をめざして設立を首唱した。1919年理論的指導者とするため北一輝を呼びよせるよう満川に依頼されて上海に赴いた大川周明が北の《国家改造案原理大綱》(のち《日本改造法案大綱》と改題)をもち帰ると,ただちにそれを刊行したのを皮切りに,翌年北の帰国後,機関誌《雄叫》の発行,〈革命日本の建設,日本国民の合理的組織,民族解放運動,道義的対外策の遂行〉など7綱領の制定など,組織としての内実を整えていった。…

【老壮会】より

…1918年,満川亀太郎が世話人となって設立した研究会。日本主義者の満川が,ロシア革命や米騒動などを契機とするデモクラシー思想の広がりや社会不安の増大に刺激され,現状打開の方向をさぐろうと設立したもの。…

※「満川亀太郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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