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源延 げんえん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

源延 げんえん

1156-? 鎌倉時代の僧。
保元(ほうげん)元年生まれ。加藤景員(かげかず)の3男。天台宗。比叡(ひえい)山で澄憲(ちょうけん)にまなび,伊豆山(いずさん)神社の別当となる。信濃(しなの)善光寺阿弥陀如来(あみだにょらい)を信仰し,建久6年以後しばしば参詣。源実朝ら武家の帰依(きえ)をうけ,承久(じょうきゅう)3年相模(さがみ)に西明寺をひらき,善光寺の如来を図写し,鋳造させたという。号は浄蓮房。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

源延

没年:没年不詳(没年不詳)
生年:保元1(1156)
平安末期・鎌倉初期の天台浄土教の僧。伊勢を本貫(籍)とした武士で,のちに源頼朝の家人となった加藤景員の3男。伊豆の走湯権現(静岡県熱海市伊豆山神社)に住し,房号を浄蓮房と称した。若いころ,比叡山安居院流の澄憲について顕密を学び,次いで信濃国筑摩郡(長野県松本市)の法住寺にいた味岡流の忠済のもとで台密の奥義を究めた。その一方で,次第に浄土門に傾き,法然房源空に師事。元久1(1204)年には『浄土宗略要文』を与えられている。信濃の善光寺如来を厚く信仰して,毎年2,3度参詣したといい,承久3(1221)年には善光寺如来の模刻像を勧進により完成させたと伝える。建保1(1213)年,源実朝に法華,浄土両宗の趣旨を談義し,寛喜1(1229)年には三浦義村の要請で,相模国(神奈川県)三崎の海上で催された迎講の導師を勤めるなど,武士層に浄土思想を普及するのに大きな役割を果たした。なお,相模国松田郡に建立した西明寺(神奈川県足柄下郡大井町の最明寺)には,彼の所持した『往生要集』の古写本が伝来している。<参考文献>『吾妻鏡』『善光寺縁起』,金沢文庫編『金沢文庫古文書』,菊地勇次郎「『伊豆山源延』補考」(『金沢文庫研究』8巻1号),納富常天「三浦義村の迎講と伊豆山源延」(『三浦古文化』2号)

(牛山佳幸)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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