改訂新版 世界大百科事典 「牧野成貞」の意味・わかりやすい解説
牧野成貞 (まきのなりさだ)
生没年:1634-1712(寛永11-正徳2)
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…このときまで近侍の最高の職は側衆で,大名が就任することもまれではなかったが,旗本役で,その地位は若年寄の下であった。5代将軍徳川綱吉は就任の翌年この職を設け,館林藩主時代の家老牧野成貞をこれに登用し,政務に関し上意,下問あるいは上申など表方との取次ぎに当たらせ,また側近として意見の具申を行わせた。成貞は官位は従四位下侍従に昇り,石高も逐次加増されて7万3000石,下総関宿城主となり,行列に持槍2本を許されるなど老中同格の待遇を受けたので,近侍の地位はいちじるしく高まった。…
※「牧野成貞」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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