日本歴史地名大系 「玉井村」の解説
玉井村
たまのいむら
現大玉村の南東部および西半分を占め、南は
文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録に玉井とみえ、高三千二七石余、この頃は蒲生家臣の松下甚介・堀伝内・金十介・岡左内・中塚兄弟・栗作丞の知行地であった。
玉井村
たまのいむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
現大玉村の南東部および西半分を占め、南は
文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録に玉井とみえ、高三千二七石余、この頃は蒲生家臣の松下甚介・堀伝内・金十介・岡左内・中塚兄弟・栗作丞の知行地であった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
七種とも書く。春の七草と秋の七草とがある。春の七草は「芹(セリ),薺(ナズナ),御形(おぎょう,ごぎょう。ハハコグサ),はこべら(ハコベ),仏座(ほとけのざ。現在のコオニタビラコ),菘(すずな。カブ)...