王嚞(読み)オウテツ

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

王嚞
おうてつ
(1113―1170/1180)

中国、金代の道士。道教の一派全真(ぜんしん)教の開祖。初名は中孚(ちゅうふ)、字(あざな)は允卿(いんけい)。回心後、喆(てつ)(哲と同字)と改名。重陽子(ちょうようし)と号し、開教後さらに嚞(てつ)に改める。北宋(ほくそう)の政和(せいわ)2年末、咸陽(かんよう)の大魏(たいぎ)村(陝西(せんせい)省)の富裕な地主の家に生まれる。宋・金の2国交戦の乱世に文武の科挙(かきょ)に応じたが果たさず、終南山(しゅうなんざん)下の劉蒋(りゅうしょう)村の別荘(後の祖庭(そてい))で自棄・風狂の生活を送った。48歳のとき甘河(かんが)鎮で、ある隠者から金丹(きんたん)の口訣(くけつ)を授けられたという、いわゆる「甘河遇仙(ぐうせん)」の体験により宗教生活に入り、老子や禅宗の思想に触れ、ついに三教を包摂する実践的禁欲主義の新道教を樹立した(1163ころ)。信者を得るため山東半島に布教、馬丹陽(ばたんよう)(1123―1183)ら「七真」とよぶ高弟を錬成し、「三教金蓮会(きんれんかい)」などの結社を各地にたてた。郷里の伝道再開を志して旅行中、開封(かいほう)(河南省)で病死した。おもな著作に『重陽立教十五論』『金関玉鎖訣(きんかんぎょくさけつ)』『全真集』『教化集』などがある。

[宮川尚志 2018年5月21日]

『吉岡義豊著『道教の研究』(1952・法蔵館)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

おう‐てつ ワウ‥【王嚞】

中国、金代の道士。字(あざな)は知明・中孚。号は重陽子。咸陽の人。儒仏道の三教を調和して全真教を創始した。著「重陽全真集」など。(一一一三‐七〇)→全真教

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