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王重陽 おうじゅうようWang Chong-yang

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

王重陽
おうじゅうよう
Wang Chong-yang

[生]政和2(1112)
[没]大定10(1170).1. 開封
中国,金の道士。名はてつ。字は知明。号は重陽子。陝西省咸陽の人。儒道仏三教を合せた新道教である全真教創始。『孝経』『老子道徳経』『般若心経』を読み,孝行篤実たるべきを説く。著書『重陽全真集』『重陽教化集』『重陽分梨十化集』。

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百科事典マイペディアの解説

王重陽【おうじゅうよう】

全真教

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世界大百科事典 第2版の解説

おうじゅうよう【王重陽 Wáng Chóng yáng】

1113‐70
中国,金代の道士。新道教の一派全真教の創立者。陝西省咸陽大魏村の人。初めの名は中孚,字は允卿,得道して名を喆(嚞)(てつ),字を知明(智明)と改め,重陽子と号した。最初科挙を目指したが果たさず,武挙(武官の試験)に応じて合格した。けれども重用されず,締りのない生活を送り,害風と呼ばれた。1159年(正隆4),甘河鎮で呂洞賓ともされる異人に会い口訣(くけつ)を授けられてから,妻子を棄てて修業し,得道して全真教(金蓮正宗)を開いた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

王重陽
おうちょうよう

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世界大百科事典内の王重陽の言及

【丘処機】より

…中国,金代の革新的道教教団である全真教の開祖王重陽の高弟の一人。道士としての称号〈長春真人〉で知られる。…

【全真教】より

…金蓮正宗とも呼ぶ。12世紀後半,道士王重陽によって開かれた。開宗の精神は《立教十五論》に示されており,打坐を修行法とし,性命を鍛錬し,神気を和暢(わちよう)させることの重要性を説いている。…

【道教】より

…《雲笈七籤》の成立以後においても,もちろん道教の神学教理ないし思想哲学は,その展開をまったく停止してしまったわけではない。とくに12世紀の後半,南宋と対峙して河北に君臨した金王朝の時代には,道教における一種の宗教改革ともいうべき全真教王重陽によって創始され,王重陽の高弟(〈七真〉)の一人,丘処機(長春真人)が元の太祖チンギス・ハーンの絶大な信望を得てからは河北を中心に一大勢力を築くにいたった。王重陽の全真教は道仏儒の三教一致の立場に立ち,経典としては《道徳清静経》の《般若心経》と《孝経》を重んじ,あるいはまた道教としては《老子五千言》を,仏教としては達磨の禅教を,儒教としては子思の《中庸》を教の中心としたともいわれるが(《甘水仙源録》),布教の重点は異民族支配下の中国社会庶民層におかれ,日常的な宗教倫理の実践に力点がおかれている。…

※「王重陽」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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