日本歴史地名大系 「瓜連城跡」の解説
瓜連城跡
うりづらじようあと
[現在地名]瓜連町瓜連
瓜連のほぼ中央字
延元元年(一三三六)正月足利尊氏は北畠顕家・新田義貞軍のため大敗して兵庫に走り、佐竹義篤・義春兄弟を常陸に返して東国を経略させた。この月楠木正家は兵を率いて常陸に入り、那珂一族はこれに応じた。正家は瓜連城に拠り佐竹貞義・義篤らと対立、常陸における南北朝の決戦場となった。二月六日正家は佐竹勢と交戦、貞義の子五郎義直・六郎義冬らは戦死をとげ、二五日貞義は正家の陣を攻撃、那珂一族は正家に加勢した(吉田薬王院文書)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報