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甄萱 けんけんChin Hwǒn; Kyǒn Hwǒn

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

甄萱
けんけん
Chin Hwǒn; Kyǒn Hwǒn

[生]?
[没]天授19(936)
朝鮮,統一新羅末期の豪族の一人。「しんけん」とも読む。『三国史記』によれば,姓は李,尚州の出身でのちに甄姓に改めた。真聖女王6 (892) 年兵をあげ,武珍州を奪って根拠地とし,次いで孝恭王4 (900) 年独立して「後百済 (こうひゃくさい) 」と称し,松嶽 (現開城地方) に拠って勢力のある弓裔 (きゅうえい) ,滅亡直前の新羅と並んで3者対立の形態となった。景明王4 (920) 年甄萱が新羅に迫ると,新羅王は救いを弓裔の後継者王建に求め,王建は甄萱を破って新羅は事なきを得た。しかし景哀王4 (927) 年甄萱は新羅の首都慶州を襲い,景哀王を自殺させ,傀儡に族弟,金傅を立てて国王とした。すなわち敬順王である。敬順王3 (929) 年甄萱は王建と戦って敗北し,翌年王位継承問題で内乱が起って,長子の神剣 (しんけん) に幽閉されたが逃れて,王建に頼ることになった (932) 。王建は甄萱を開城に迎えて尚文の待遇をし楊州を食邑に与え,続いて天授 19 (936) 年,後百済を攻撃して滅ぼした。

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世界大百科事典 第2版の解説

しんけん【甄萱 Chin(Kyŏn) Hwŏn】

?‐936
朝鮮,新羅末期の武将。尚州加恩県の人。本姓は李。〈けんけん〉ともよむ。農民から身を起こして新羅の将軍となった阿慈介の子。甄萱も西南海方面の防備に功をたて新羅の裨将となった。ときに新羅末期,政治がみだれ各地に反乱が起こると彼も反旗をひるがえし,徒党を率いて西南方面の諸城を攻撃し,892年には武珍州(光州)で自立した。つづいて全羅南北道・忠清南道の大部分を支配下に収めた甄萱は,900年,ついに完山州(全州)に都を定め,百済の復興と新羅の打倒を標榜して正式に後百済王と称し,国家の体制を整えた。

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世界大百科事典内の甄萱の言及

【甄萱】より

…農民から身を起こして新羅の将軍となった阿慈介の子。甄萱も西南海方面の防備に功をたて新羅の裨将となった。ときに新羅末期,政治がみだれ各地に反乱が起こると彼も反旗をひるがえし,徒党を率いて西南方面の諸城を攻撃し,892年には武珍州(光州)で自立した。…

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