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敬順王 けいじゅんおうKyǒngsun-wang

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

敬順王
けいじゅんおう
Kyǒngsun-wang

[生]?
[没]景宗3(979)
朝鮮,新羅の第 56代 (最後) の王 (在位 927~935) 。諱は傅。諡は敬順,あるいは孝哀。新羅末期,後三国の対立時代,後百済の甄萱 (けんけん) は景哀王4 (927) 年,新羅の首都慶州に侵入して景哀王に迫って自殺させ,族弟の金傅を擁立した。すなわち敬順王である。敬順王は新興の王建の高麗が有力であり人望も彼に帰しているのをみて,敬順王9 (935) 年進んで高麗に投降した。王建は寛大にこれを迎え,自分の娘と結婚させ貴族の地位を保障し慶州をその食邑として与えるとともに慶州の事審官に任命して優遇した。

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世界大百科事典 第2版の解説

けいじゅんおう【敬順王 Kyŏng‐sun‐wang】

?‐978
朝鮮,新羅最後の王。在位927‐935年。姓は金,諱(いみな)は傅(ふ)。新羅は後百済・高麗と半島を三分する形勢のなかで衰退し,後百済の甄萱(しんけん)が王京(慶州)を攻めて景哀王を殺害,王族の金傅を立てて王位につけた。王はかねて友好関係を保っていた高麗の太祖王建が931年に王京を訪れたのを機に人質を差し出し,935年降伏を申し出る。王建は国都開京(開城)に迎えた金傅に対して,自分の娘をめあわせ,官爵恩賞を授けたうえ,新羅を慶州と改めてその食邑として与え,慶州の事審に任命して治めさせた。

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