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弓裔 きゅうえいKung Ye

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

弓裔
きゅうえい
Kung Ye

[生]?
[没]景明王2(918)
朝鮮,新羅末の武将,泰封国王。新羅の憲安王の庶子で出家し,箕萱,梁吉らのもとに属したが,孝恭王2 (898) 年松岳 (現開城) に自立し,同5年王を自称,国号を後高句麗と定め,高句麗の再興を目指した。同8年国号を摩震とし,新羅の官制を取入れ,国家の体制を整えて,鉄円 (現鉄原) に遷都。同 15年には国号を泰封,年号を水徳万歳とし,その勢力は中部朝鮮一帯に及んだが,みずからを弥勒仏と称し,部下を虐殺するなどの尊大狂暴さに信を失い,ついに臣下の王建 (→太祖) に討たれた。

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世界大百科事典 第2版の解説

きゅうえい【弓裔 Kung‐ye】

?‐918
朝鮮,新羅末の群雄中の一人,後高句麗の創始者。新羅王の庶子と伝えられる。地方で僧となり善宗と号していたが,各地で軍人や民衆の反乱がおこると,891年にまず竹州(竹山)の反乱軍の頭目箕萱に身を投じ,翌年には北原(原州)の頭目梁吉に投じた。梁吉の部下となった弓裔は江原道・京畿道・黄海道一帯を攻略し,やがて梁吉を打倒して松岳(開城)を根拠地として自立し,901年,高句麗の復興と新羅の打倒を唱えて後高句麗を建国した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

弓裔
きゅうえい
(?―918)

朝鮮、新羅(しらぎ)末、地方豪族中の有力者。新羅王族の出身と称し、僧侶(そうりょ)生活ののち、891年箕萱(きけん)軍に投じ、翌年梁吉(りょうきつ)の将となって朝鮮半島中部一帯を勢力下に入れ、901年松岳(開城)で王を自称した。904年国号を摩震(ましん)とし、翌年鉄円(鉄原)に遷都、911年国号を泰封(たいふう)と変え、新羅、後百済(ごひゃくさい)と対立した。晩年は人心を失って部将の王建(高麗(こうらい)の太祖)に追放され、江原道平康で現地住民に殺害された。[吉田光男]

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世界大百科事典内の弓裔の言及

【王建】より

…祖先についてははっきりしないが,松岳(開城)地方に一定の勢力基盤をもち,海上貿易にも関係していた家系らしい。新羅末期,反乱軍の一首領弓裔(きゆうえい)に帰順してその部下となった。弓裔の部将として早くから軍事的才能を発揮したが,特に水軍活動において目ざましく,後三国期に弓裔の後高句麗国が西南海の海上権を掌握できたのは,もっぱら彼の功績による。…

※「弓裔」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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