生実城跡(読み)おゆみじようあと

日本歴史地名大系 「生実城跡」の解説

生実城跡
おゆみじようあと

[現在地名]中央区生実町

東から西に延びる下総台地の先端部に占地する。城域は東西南北とも六〇〇メートルほどで、千葉市内では土気とけ城跡(緑区)に次ぐ規模を有する。天文七年(一五三八)の第一次国府台合戦で小弓おゆみ城を拠点に勢力を有した小弓公方足利義明が滅亡し、当地域に復帰した原氏によって築城されたと伝える。原氏はまもなく拠点を臼井うすい(現佐倉市)に移したため、原氏の居城としての機能はなくなったが、原氏が北条氏の勢力下に入ったため、生実城は上総安房を拠点に敵対する里見氏に対する攻撃および防衛の拠点として重要性はますます高まったといえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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