田丸町(読み)たまるまち

日本歴史地名大系 「田丸町」の解説

田丸町
たまるまち

[現在地名]金沢市本町(ほんまち)一―二丁目・昭和町(しようわまち)

英(はなぶさ)町の北に位置。L字形に屈曲した一部は両側、一部は片側の町で地子町。元禄九年(一六九六)の書上(「片岡孫作筆録」加越能文庫)に「田丸兵庫上地町」とみえる。町名は田丸兵庫の屋敷地であったことにちなむ。元禄六年の侍帳には「安江木町専光寺後町」とある。文化八年(一八一一)の家数四〇(うち武家一〇)、肝煎は勇蔵、組合頭は敷波屋左兵衛(金沢町絵図名帳)。


田丸町
たまるちよう

上京区中立売通千本東入二丁目

中立売(なかたちうり)通が東西に通り、町の西を土屋町(つちやまち)通が通る。平安京大内裏「大蔵省」の跡地。

近世の聚楽第(じゆらくだい)遺構では西郭の水堀付近の地で、前田家邸宅跡。聚楽廃城後荒廃し、寛永一四年(一六三七)洛中絵図では当町から西にかけて野畑となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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