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田沼氏 たぬまうじ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

田沼氏
たぬまうじ

本姓は藤原。下野国安蘇郡田沼を領し,重綱のとき,田沼氏を称したという。のち源姓に改め,忠吉のとき信濃国に移り,吉次のとき徳川頼宣に仕えた。徳川吉宗が紀伊から入って将軍になるに及び,意行は供奉して江戸城に入った。以来,旗本となり,従五位下,主殿頭に累進。子の意次は,将軍家重,次いで家治に仕え,宝暦8 (1758) 年大名となり,側用人を経て安永1 (72) 年老中となり,遠江相良5万 7000石を領して,権勢をふるった。子の意知も若年寄に進んだが,天明4 (84) 年殿中で斬られて以来,漸次封を減じられ,同7年意明のとき,陸奥国下村1万石に封じられた。のち,意正は若年寄に任じられ,文政6 (1823) 年再び相良に入封したが,明治1 (68) 年上総国小久保に移り,子爵に叙せられた。

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世界大百科事典 第2版の解説

たぬまうじ【田沼氏】

近世大名。意行(もとゆき)は紀州徳川家に仕え,吉宗の将軍就任によって幕臣となる。その子意次(おきつぐ)は将軍家重の側近から取り立てられ,1758年(宝暦8)遠州相良1万石を領有。その後,側用人,老中を務める一方,85年(天明5)までの間に7度の加増をうけ,5万7000石となる。しかし意次の失脚により減封,87年家督を継いだ意明(おきあき)は陸奥下村1万石に移される。1823年(文政6)一時相良に復帰するが,68年(明治1)には再度上総小久保へ転封となる。

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