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田辺至 たなべ いたる

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美術人名辞典の解説

田辺至

洋画家。東京生。兄は哲学者田辺元。東美校西洋画科に入学、黒田清輝に師事した。文展特選、帝展で帝国美術院賞を受賞するなど官展で活躍した。東美校教授として後進の指導にあたる他、戦時中は軍務局嘱託となり記録画を制作する。戦後は団体に属さず神奈川県立近代美術館運営委員などをつとめる。エッチングも手がけ、日本エッチング作家協会・版画奉公会に参加した。温雅な作風の人物画・風景画で知られる。昭和43年(1968)歿、81才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

田辺至 たなべ-いたる

1886-1968 大正-昭和時代の洋画家。
明治19年12月21日生まれ。田辺元(はじめ)の弟。黒田清輝(せいき)にまなぶ。昭和3年「裸体」で帝国美術院賞。3-19年母校東京美術学校(現東京芸大)の教授。9年白潮会を結成したが,戦後は無所属。銅版画も制作し,日本エッチング作家協会初代会長。昭和43年1月14日死去。81歳。東京出身。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の田辺至の言及

【明治・大正時代美術】より

…1907年,太平洋画会系の洋画家石井柏亭,森田恒友,山本鼎らが,美術文芸雑誌《方寸》を発刊し,〈自画自刻自刷〉の創作版画を発表するようになった。これによって時代感覚にそった新しい版画芸術が生まれることとなり,このほかに画家では田辺至(1886‐1968),彫刻家の戸張孤雁,版画家の織田一磨,恩地孝四郎,永瀬義郎,平塚運一,前川千帆(せんぱん)(1889‐1960)ら,創作版画にたずさわる作家の大同団結が,18年の日本創作版画協会結成となった。これは31年日本版画協会へと発展し,今日の版画隆盛の起源となった。…

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