中世末期の都市において、町人に検断権(警察‐裁判権)が認められたこと。後北条(ごほうじょう)氏の支城があった武蔵(むさし)国松山(埼玉県東松山市)の本郷の市(いち)では、1585年(天正13)の掟(おきて)に、「市之日商人中ニ而(て)、如何様之問答(いかようのもんどう)有之共、奉公人一言も不可綺(いろう)、町人さはきたるへき事」(武州文書)とあり、商人仲間の争論は、町人の自治的裁決に任すことが取り決められている。領主裁判権の町人への移譲による自治権の確立といえる。この松山本郷では、軍勢の出入も禁じ、犯すものは町人成敗に任せている。1564年(永禄7)越後(えちご)上杉氏も柏崎(かしわざき)に、狼藉(ろうぜき)者に対する町人成敗を認めている。大山崎、堺(さかい)その他の自治都市では、町人が検断権を完全に掌握していたから、これも町人捌といえよう。
[脇田晴子]
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