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白鹿洞書院 はくろくどうしょいんBai-lu-dong-shu-yuan; Pai-lu-tung-shu-yüan

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

白鹿洞書院
はくろくどうしょいん
Bai-lu-dong-shu-yuan; Pai-lu-tung-shu-yüan

中国,宋代の学校。廬山五老峰 (江西省星子県の北) は,唐代,李渤がここに隠居し,白鹿を養いながら,読書に楽しい日々をおくったので白鹿洞といわれた。五代十国の頃,この地に学校が建てられ,これを廬山国学といった。宋代には白鹿洞書院が建てられ,地方子弟の教育が行われた。朱熹 (→朱子 ) は知南康軍のとき,白鹿洞書院院長となり,儒教の理想実現のためここで教育に従事した。陸九淵 (→陸象山 ) も講義したことがある。

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世界大百科事典 第2版の解説

はくろくどうしょいん【白鹿洞書院 Bái lù dòng shū yuàn】

中国,江西省盧山(ろざん)五老峰のふもとに建てられた書院。宋代における四大書院の一つ。もと唐の李渤(りぼつ)の書斎であったが,北宋時代に書院に改変。その後荒廃するに任されていたのを,この地に地方官として赴任して来た南宋の朱熹(しゆき)が再建し,〈海内書院第一〉とうたわれた。朱熹がこの書院のために定めた〈白鹿洞書院掲示〉は,朱子学の教育理念の精髄として,後世の中国のみならず,朝鮮・日本にも大きな影響を与えた。

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大辞林 第三版の解説

はくろくどうしょいん【白鹿洞書院】

中国、江西省廬山ろざんの麓にあった書院。九世紀初め、唐の李渤が創建、北宋初めには四大書院の一つに数えられ、南宋の朱熹しゆきが学を講じたことでも著名。

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世界大百科事典内の白鹿洞書院の言及

【廬山】より

…山中の名勝の中でも秀峰付近は特に美しく,歴代訪れた文人達の碑刻が多く残されており,その一部をなす香炉峰は白居易(楽天)の詩などで有名である。白鹿洞書院は宋代四大書院の一つとされ,南宋には朱熹(しゆき)(子),陸九淵(象山),王守仁(陽明)ら代表的な学者がここで講学した。近代には湿熱な長江中下流域の都市よりの避暑地となり,外国人や国民政府の施設が設けられた。…

※「白鹿洞書院」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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