福渡村(読み)ふくわたりむら

日本歴史地名大系 「福渡村」の解説

福渡村
ふくわたりむら

[現在地名]建部町福渡

西は旭川に面し、北と東は下神目しもこうめ村に、南は赤坂あかさか大田おおだ村に接する。明徳五年(一三九四)正月一一日の正厳売券(豊楽寺文書)に「深渡虚空堂」とあり、文安三年(一四四六)四月二二日の志呂宮段米納分(西作誌)に「深渡村」とみえ、もと深渡ふかわたしと称した。天正八年(一五八〇)四月一五日の吉川元春書状(萩藩閥閲録)に「福渡表陣」とあり、宇喜多氏毛利氏が当地域で勢力を競っている。


福渡村
ふくわたむら

[現在地名]舘岩村福渡

押戸おしど村の北、舘岩川右岸、真名板倉まないたくら山の麓にある。「会津風土記」に「福渡」とある。安永七年(一七七八)の高三二石余(会津鑑)。化政期の家数一四(新編会津風土記)。当村北部に土釜かねつちふかねへつりがあり、「新編会津風土記」に「天険の切処なり」とあり、昔長沼氏と河原田氏がここで合戦に及んだという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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