秩父鉱山(読み)ちちぶこうざん

最新 地学事典 「秩父鉱山」の解説

ちちぶこうざん
秩父鉱山

Chichibu mine

埼玉県秩父市中津川にある鉄・亜鉛鉱山地質は中・古生界秩父層群の粘板岩・チャート・石灰岩,これに貫入する花崗閃緑岩(K-Ar年代5Ma)。鉱床石英閃緑岩と石灰岩の接触部にできたスカルン型。鉱体は下部で塊状,上部で脈状・パイプ状。前者がFeを,後者がCu・Pb・Zn・Ag・Au・Mnを主とする累帯分布を示す。両者を含む鉱床(大黒),前者のみのもの(中津),後者のみのもの(六助)など10鉱体を開発。鉱物共生は,前者が主に磁鉄鉱磁硫鉄鉱黄鉄鉱と多量・多種類のスカルン鉱物,後者が閃亜鉛鉱・黄銅鉱・方鉛鉱・硫砒鉄鉱・安四面銅鉱・輝蒼鉛鉱・毛鉱・輝安鉱・ベルチエ鉱・エレクトラムと石英・方解石アンケライト菱マンガン鉱シデライトなど。1610年に砂金・山金の採掘が始まり,断続的に稼行,1937年から本格開発。69年までの粗鉱生産量470万t,平均品位Au0.5ɡ/t, Ag13ɡ/t, Cu0.19%, Pb0.07%, Zn1.12%, Fe35.5%。78年終掘後は珪石・石灰石を採掘。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「秩父鉱山」の意味・わかりやすい解説

秩父鉱山
ちちぶこうざん

埼玉県秩父市大滝(おおたき)地区にある鉱山。荒川の支流中津川上流にあり、古い歴史をもつ。当初はわが国屈指の金属鉱山で、初期は金や砂金の採鉱採取主体であったが、1914年(大正3)金山から鉄山に転換、銅、亜鉛、鉛なども産した。鉱石は、鉱石索道により秩父鉄道の三峰(みつみね)口駅まで運んでいたが、のちにトラックを用いた。1973年(昭和48)以後、石灰石、珪砂(けいさ)の採掘、加工が主体となっていたが、1978年金属採掘を中止した。

[中山正民]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「秩父鉱山」の意味・わかりやすい解説

秩父鉱山
ちちぶこうざん

埼玉県西部,秩父市西部にある金属鉱山。慶長年間 (1596~1615) に発見されたと伝えられる。 1937年以来日窒鉱業が経営し,鉄,硫化鉄,銅,亜鉛,マンガンなどが産出された。鉱石は浮遊選鉱され,川崎その他の製鉄,精錬所へ送られた。 1978年4月に非鉄部門の採掘は中止されたが,砕石や石灰石の操業は継続された。

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デジタル大辞泉プラス 「秩父鉱山」の解説

秩父鉱山

埼玉県秩父市にある鉱山。金、銀、鉄、亜鉛、鉛、マンガン、珪砂、石灰石などを産出。1978年に金属鉱石の採掘が中止。現在は石灰を産出。

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世界大百科事典(旧版)内の秩父鉱山の言及

【大滝[村]】より

雁坂峠(甲州裏街道),十文字峠(信州往還)などの峠は江戸時代までは重要な交通路として使われ,その合流点の栃本には関所が置かれていた。荒川の支流中津川の奥には平賀源内が発見したといわれる秩父鉱山があり,昭和初期から鉄鉱石を中心に亜鉛,鉛,銅などを採掘してきたが,現在は石灰岩とケイ砂のみである。荒川総合開発計画により1961年,多目的の二瀬ダムが建設され,秩父湖が出現した。…

※「秩父鉱山」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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