穀田村(読み)こくだむら

日本歴史地名大系 「穀田村」の解説

穀田村
こくだむら

[現在地名]富谷町穀田

東は成田(なりた)村、西は富谷村、南は郡境七北田(ななきた)村(現泉市)に続く。中央を穀田川が北流して西(にし)川に合流。東西に丘陵、北部にわずかに平坦地をもつ山村。当地には石から米が湧き出たという民間伝承があり、現在も建(たて)石と称して地字下屋敷(しもやしき)の路傍にあり、その傍らに地蔵尊が祀られている。慶長年間(一五九六―一六一五)から寛永一一年(一六三四)まで伊達宗清の知行地。のち藩直轄地となり、元禄年間(一六八八―一七〇四)小国七右衛門重康が伊達郡桑折(こおり)(現福島県伊達郡桑折町)の小国(おぐに)から移住し小国館の領主となった(富谷町誌)。正保郷帳には柴山の注記があり、田二一貫四三八文・畑一二貫一二〇文のほか新田七四文。「安永風土記」では田二三貫七〇文、うち蔵入一貫五六二文、畑一三貫五四七文(うち茶畑八貫五四二文)、うち蔵入九貫六六六文。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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