等妙寺(読み)とうみようじ

日本歴史地名大系 「等妙寺」の解説

等妙寺
とうみようじ

[現在地名]広見町芝

しばの南部の谷あいの山手にある。奈良山と号し、天台宗本尊如意輪観音。

宇和旧記」によると開基は元応二年(一三二〇)開山は淡路国出身の理玉。西園寺宣房の庇護を得て、元徳二年(一三三〇)には一二坊まで造成したという。同書には一二坊のほかに、山上に山王二一社、山下に十禅師権現・弁才天・不動堂があり、末寺七二ヵ寺があるとしている。

理玉は元弘元年(一三三一)八月上洛し、後醍醐天皇から勅願寺と定められ、関東の宝戒ほうかい寺、加賀薬師やくし寺、肥後鎮興ちんご寺とともに天下四個寺(四戒場)の一つとなり、京都東山の法勝ひがしやまのほつしよう寺の法系の下に置かれた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む