箟峯寺
こんぽうじ
篦岳山の山頂一帯に位置。無夷山と号し、天台宗。本尊は十一面観音で奥州七観音の一つ。また奥州霊場三十三番の第九番札所。箟岳観音の名で親しまれている。古くは加護坊山にあったともいわれる。「観蹟聞老志」は当地を「無数の山岳西北に跨り。千畝の田野東南に開け」とその壮観の様を記し、十一面観音堂を中心にして東南に坊舎、観音堂背後に熊野神祠堂、北に阿弥陀堂、東に愛宕祠、その南に鐘楼があるとする。堂社が立並ぶ一帯を神楽岡・願念峠とよび、その一段下に一山衆徒の住む神楽岡と称する坊舎があり、さらに吉住・太田に下る山腹には産仮小屋または下児屋と称される門前集落を形成した。一山記録帳(当寺蔵)によれば、寺名は一山の総名で一山各坊中にそれぞれ住職がおり、二四坊のうち二一坊は妻帯衆徒、三坊は古来山伏という構成をもつ天台宗と修験兼帯の山であった。衆徒は坊とよばれて観音堂の支院となり、坊ごとに修行道場を設けて本尊(聖観音・十一面観音・不動明王など)を祀った。
「篦岳山安永風土記」によれば境内東西二二町五間、南北一二町一七間、預り御林東西七町、南北四町、預り谷地四〇町四方。人頭として東之坊・井上坊・桜本坊・杉本坊・仁王堂・薬師堂・熊野堂・吉祥坊・林崎坊・窪之坊・松本坊・大門坊・梅本坊・実相坊・坂本坊・相泉坊・萱野坊・西之坊・藤本坊・中之坊・林泉坊の衆徒二一人、鐘撞一人・禰宜二人のほか、脇坊四人・門前七人の都合三五人が書上げられ、人数一六〇、坊舎三五軒、馬一一、うち駒一・駄一〇とある。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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