知恵蔵 「米大統領選挙」の解説
米大統領選挙(2016)
大統領選では、全50州と首都ワシントン、それぞれの州ごとに、割り当てられた持ち票「選挙人」を、1票でも多く獲得した候補が勝利する。州ごとの選挙人の獲得は「勝者総取り方式」(メーン、ネブラスカ州を除く)で、得票数で上回った候補が、その州の選挙人を全て得られる。全米の選挙人総数は538人で、今回の選挙では、トランプが306人、クリントンが232人を獲得した。米メディアの集計によると、全米における総得票数は、クリントンがトランプを200万票上回った。総得票数で対立候補を下回った候補が、選挙人獲得数で上回って大統領に選出されるのは、共和党のジョージ・W・ブッシュが民主党のアル・ゴアを破った00年の大統領選挙以来16年ぶりとなる。
トランプとクリントンが激しい選挙戦を展開したが、本選挙の前の、党の指名候補を選ぶ争いも混戦となった。共和党では、トランプの他に上院議員のテッド・クルーズやマルコ・ルビオ、元フロリダ州知事のジェブ・ブッシュら17人以上が乱立した。民主党では、クリントンや上院議員のバーニー・サンダースら6人以上が立候補を表明した。
トランプは、不法移民や外交問題、対立候補への歯に衣着せぬ発言で注目を集め、16年2月から予備選挙・党員集会が始まると連勝し、「トランプ旋風」を巻き起こした。有力候補とみられたブッシュやルビオは次々と撤退し、共和党の主流派は、クルーズの応援に回ったが、現状の政治に不満を持つ白人の中間所得者層や無党派層からトランプが支持を集め、7月下旬の党大会で、共和党の大統領候補に正式指名された。クリントンは、順調に勝利を重ねたが、後半、サンダースの激しい追い上げに遭い、7月下旬、トランプよりもやや遅れて民主党の大統領候補に正式指名された。
16年7月末から、本選挙がスタートした。トランプは、環太平洋経済連携協定(TPP)の撤退など「自由貿易協定の破棄」や大幅な減税、バラク・オバマ政権が進めた医療保険制度の廃止、不法移民の規制といった政策を訴えると共に、国務長官時代のメール問題(公務で私用のメールアドレスを使っていた問題)を「いんちきヒラリー」と激しく非難するなど、繰り返しクリントンを批判した。9月下旬から10月下旬にかけて3回行われたテレビ討論会は、クリントンの3連勝と報道され、10月には、トランプが18年間以上、巨額の所得税控除を受けていたことが発覚、11年前に女性についてわいせつな発言をしていたテープが公開されるなどの問題も浮上したが、トランプの強気な態度は変わらず、最後まで各地を回っての演説や、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を用いた発信などを精力的に続けた。
一方、クリントンは、オバマ政権の継承を訴え、ファーストレディーや上院議員、国務長官といった豊富な政治経験や実績をアピールし、米メディアの世論調査などでは、ほぼ終始リードを保っていた。だが、選挙戦終盤の10月末にメール問題で米連邦捜査局(FBI)が捜査再開を公表(11月6日に見送りを議会に伝達)したことをきっかけに、支持率が下降した。
11月8日、開票が始まると、トランプは、鉄鋼業や製造業がすたれた「ラストベルト(さびついた工業地帯)」と呼ばれるペンシルベニア、オハイオ州や、選挙人29人の大票田、南部のフロリダ州などで接戦を制し、次々と選挙人を獲得していった。クリントンはニューヨークやマサチューセッツなど支配層が多い東部の州や、選挙人が55人と最多のカリフォルニア州などを抑えたが、オハイオやウィスコンシン州など、前回の12年大統領選で民主党が勝利した州で票を伸ばせなかった。
トランプは11月9日未明、ニューヨークで勝利宣言し、「米国が分断で広がった傷を修復する時だ。私は全ての国民のための大統領になる」などと述べた。
トランプの勝因としては、既得権を抱えた支配層が中心となり、低所得者層や移民らに手厚い政治を行う現状に不満を抱く、白人の中間所得者層などの怒りを代弁したことが多く挙げられている。数々の過激な発言は「本音で話していて正直だ」と有権者に好意的に受け止められ、政治経験がないことを逆手に取った変革へのアピールやビジネスでの手腕が魅力的に映ったという見方もある。クリントンの敗因には、長く政治に携わり、目新しさが感じられなかったことや、メール問題で不信を広げたことが挙げられている。
(南 文枝 ライター/2016年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報