粟嶋神社(読み)あわしまじんじや

日本歴史地名大系 「粟嶋神社」の解説

粟嶋神社
あわしまじんじや

[現在地名]下津町方 宮ノ前

宮(みや)川の南西岸に鎮座し、祭神は少彦名(すくなひこな)命。旧村社。「続風土記」には小名中山(なかやま)にありとあるが、現在この地は宮(みや)ノ谷(たに)ともいう。同書はまた「社伝詳ならす、按するに加太と方同名にして神名また粟島と称する時は、中古加太の粟島を勧請せるなるへし」としている。粟嶋神社文書には文永一二年(一二七五)五月六日の僧快実荒野寄進状写があり、建治二年(一二七六)三月日の預所某新田寄進状写には「浜中南庄 潟粟島大明神奉寄進新田事、合壱段者門田清安者田 右依領家仰、限永代所奉寄進也」とある。


粟嶋神社
あわしまじんじや

[現在地名]宇土市新開町

祭神は少彦名神で俗に「粟島さん」とよばれ、海上安全や婦人病に霊験があると尊崇されている。三月三日の例祭日には境内に四基ある高さ三〇センチ・幅三〇センチの小鳥居の下に茣蓙が敷かれ、参拝の女性たちが腹ばいになってくぐる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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