日本大百科全書(ニッポニカ) 「細胞分裂阻害剤」の意味・わかりやすい解説
細胞分裂阻害剤
さいぼうぶんれつそがいざい
殺菌剤を病原菌の標的との相互作用で分けたときの分類の一つ。生物の生長・成長に必須(ひっす)の生命現象である細胞分裂を阻害する殺菌剤の総称。細胞分裂阻害剤は、微小管の構成タンパク質であるβ(ベータ)-チューブリンに結合し、微小管の形成を妨げることにより、正常な細胞分裂(有糸分裂)を阻害する。
細胞分裂阻害剤には、植物体内でベンズイミダゾールを基本骨格とするカルベンダジム(メチル-2-ベンズイミダゾールカーバメート=methyl-2-benzimidazole carbamate:MBC)に変化して殺菌作用を示すベンズイミダゾール系殺菌剤と、N-フェニルカーバメートを基本骨格とするN-フェニルカーバメート系殺菌剤がある。
[田村廣人]
ベンズイミダゾール系殺菌剤
ベンズイミダゾール系殺菌剤のチオファネートメチル(1971年登録)は、チオウレイド構造を基本骨格とする3-アルコキシカルボニル-2-チオウレイドベンゼン誘導体の殺菌剤である。チオファネートメチルは、植物体内に浸透移行し、殺菌活性の本体であるベンズイミダゾールを基本骨格とするカルベンダジムに変化して殺菌作用を発現する。しかし、チオファネートメチル使用時、葉面上にはチオファネートメチルとカルベンダジムが存在し、葉面から植物体内に取り込まれたものの大半はカルベンダジムであることが判明している。したがって、葉面上ではチオファネートメチルとカルベンダジムの両方による殺菌作用、植物体内ではおもにカルベンダジムによる殺菌作用を発現していると推察される。また、チオファネートメチルと同様に植物体内でカルベンダジムに変化して殺菌作用を発現するベンズイミダゾール系殺菌剤としてベノミル(1971年登録)がある。これらの殺菌剤は、細胞分裂阻害に起因する発芽管の膨潤と湾曲などの形態異常を誘発し、菌糸の伸長・生育を阻害することにより予防および治療効果を発揮する。なお、チオファネートメチルは、細胞分裂阻害以外の作用性においてカルベンダジムと異なる作用を示すことが指摘されている。
ベンズイミダゾール系殺菌剤は、植物体内への浸透移行性が優れており、広範囲の病害防除に有効であるが、多用に伴い薬剤耐性を示す病原菌の発生が報告されている。これらの耐性は、おもにβ-チューブリンの198番目のアミノ酸の変異に起因することが明らかになっている。
カルベンダジムのカルバモイル基が5員環のチアゾール環やフラン環に置換したチアベンダゾール(TBZ:Thiabendazole)とフベリダゾールは、工業用の防カビ剤として使用され、とくに、TBZは食品添加物としても使用されている。
[田村廣人]
N-フェニルカーバメート系殺菌剤
ベンズイミダゾール系殺菌剤耐性菌に特異的に効果を発揮したN-フェニルカーバメート系除草剤が起源とされる。N-フェニルカーバメート系殺菌剤のジエトフェンカーブ(1990年登録)は、ベンズイミダゾール系殺菌剤が効果を示しがたい耐性菌に特異的に効果を発揮し、ベンズイミダゾール系殺菌剤が効果を示す感受性菌にはほとんど効果を示さない。このように、感受性菌には効果を発揮せず、耐性菌のみに有効な活性を示す現象を負相関交差耐性という。ジエトフェンカーブは、ベンズイミダゾール系殺菌剤耐性菌のβ-チューブリンに結合し細胞分裂を阻害することにより、ベンズイミダゾール系殺菌剤に耐性を示す灰色かび病等に予防および治療効果を発揮する。ジエトフェンカーブは、ジカルボキシイミド系殺菌剤の耐性菌にも効果を発揮する。ジエトフェンカーブは、ベンズイミダゾール系殺菌剤やジカルボキシイミド系殺菌剤と混合して病害防除に使用されている。
[田村廣人]