聖母宮(読み)しようもぐう

日本歴史地名大系 「聖母宮」の解説

聖母宮
しようもぐう

[現在地名]勝本町 勝本浦

聖母浦に鎮座。古くは聖母大明神・香椎かしい大明神などとみえ、「しょうもんさま」と称された。壱岐国二宮とされ、当社を含めた島民巡拝があり、七社参りとよばれる。旧村社。祭神は息長足姫尊・足仲彦尊・誉田別尊・上筒男命・中筒男命・下筒男命。神功皇后新羅への出兵に際して寄港地とし、皇后が一夜にして建立したと伝え、養老五年(七二一)勅命再興され、神亀元年(七二四)および天平宝字五年(七六一)・延暦六年(七八七)にも再興があったという。祭神の筒男命を祀るのが早い時期であったとすれば、海上交通の守護のための祭祀であろう。卜部の壱岐氏(吉野氏)祠官として仕えていたという。「延喜式」神名帳の壱岐郡二四座の一つ「中津神社」は当社に比定され、名神大社であった。

別当神皇じんこう寺の跡から発見された銅造如来形立像は三国時代の像容を示すものと指摘されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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