改訂新版 世界大百科事典 「胎児化説」の意味・わかりやすい解説
胎児化説 (たいじかせつ)
foetalization
オランダの解剖学者L.ボルクによって提唱されたヒトの進化に関する学説(1926)。ヒトの成体には類人猿の胎児にみられる諸特徴が認められる。例えば,無毛性である,皮膚や目の色素が乏しい,あごが突きでていない,大後頭孔の位置が前方にある,脳重量比が大きい,頭蓋の縫合が存続する,骨盤や女性大陰唇の形態が類似していることなどが挙げられる。すなわちヒトは,これら霊長類の胎児では一時的にすぎない形態を終生保持している。ボルクはこのことから〈ヒトは胎児化したサルである〉と誇張して表現したため,大きな反響を呼んだ。この説はそれまで支配的であったE.H.ヘッケルの反覆説(生物発生原則)とは根本的に相反するものであったため,反覆説に反対する人々からは大きな支持を受けた。しかし,ボルクは胎児化の起こる要因を内分泌系の変化であると断定したため,変異や環境を重視する多くの進化学者たちから批判を浴び,現在では少なくとも,その要因論は否定されている。しかし,ボルクの着想自体は現在でも一部の学者の支持を得ており,胎児化という言葉は発育遅滞現象という言葉に置き換えられて,その生理学的解明が進められている。
→ネオテニー
執筆者:金沢 英作
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報