日本大百科全書(ニッポニカ) 「骨盤」の意味・わかりやすい解説
骨盤
こつばん
pelvis
俗に腰骨(こしぼね)ともいわれるもので、全体としてはすり鉢、あるいは水盤の形に似た輪状の骨格である。ラテン語学名Pelvisは「たらい」の意。骨盤は頭蓋(とうがい)や胸郭の骨とは違って、きわめて厚い堅固な壁を形成している骨格で、腰椎(ようつい)以上の脊柱(せきちゅう)可動部分を支えるほか、体幹の重量をも支えている。とくに腸管や骨盤臓器の保持に役だち、下肢骨の基部ともなっている。骨盤は4個の骨が組み合わさって構成されている。すなわち、外側と前方の壁をつくる左右の寛骨(かんこつ)、および後壁をつくる仙骨と尾骨である。左右の寛骨は腸骨、恥骨、坐骨(ざこつ)が化骨癒合したもので、前方では恥骨結合の部分で結合し、後方では中央部の仙骨の左右側面にある耳状面で結合して仙腸関節をつくっている。尾骨は仙骨の下端に付着している。
骨盤内壁面からみて、仙骨上端前縁にあたる岬角(こうかく)、腸骨内面の骨稜(こつりょう)として走る弓状線、恥骨結合上縁、これらを通る輪状の線を分界線とよび、この分界線の面を境にして上方を大骨盤、下方を小骨盤に区別する。大骨盤腔(くう)は前方がまったく開放されているが、小骨盤腔(骨盤腔ともいう)は完全な筒形を形成している。大骨盤腔は腹腔下部にあたり、両外側壁に腸骨翼の広い面があり、全体として前上方に拡張している。分界線に囲まれたこの空間部分を骨盤上口(じょうこう)とよぶ。小骨盤の下縁は不規則な線で囲まれ、平面ではないが、この線内の空間部分を骨盤下口(かこう)とよぶ。骨盤下口の前正中部は左右恥骨の結合部にあたり、結合部の下側に恥骨下角(かかく)ができる。この恥骨下角の部分から左右の恥骨と坐骨の下縁に至る弓状線を恥骨弓とよぶ。
骨盤上口の広さを示すものとして、前後径、横径、斜径の3主要径がある。前後径(縦径)は恥骨結合上縁と岬角とを結ぶ線で、解剖学上では真結合線ともいう。男性は約10.5センチメートル、女性は約11.5センチメートルである。前後径では、このほか、恥骨結合上縁から下方1センチメートルの点から岬角までの距離を産科結合径といい、分娩(ぶんべん)の経過に密接な関係がある。横径は分界線間の最大距離で、男性は約18センチメートル、女性は約12.5センチメートルである。斜径は一側の仙腸関節から対側の腸恥隆起まで斜めに走る距離で、男性は約11センチメートル、女性は約12センチメートルである。骨盤下口の広さを示す場合は二つの径、すなわち前後径と横径がある。前後径は尾骨尖(せん)から恥骨結合下縁までで、男性は約10.5センチメートル、女性は約11センチメートルであるが、尾骨が後方に動くため、距離に多少の幅がある。横径は左右両側の坐骨結節間の距離で、男性は約9.5センチメートル、女性は約11センチメートルである。
骨盤には多くの計測径が選定されており、解剖学上、また人類学上の目的で利用される。しかし、女性の場合には胎児が通過する産道として考えるとき、骨盤の計測値は、分娩上とくに重要なものとなる。ところが、骨盤内の計測は一般にむずかしいものであるため、臨床上は骨盤外計測を用い、間接的に骨盤の大きさを算出する。たとえば、外結合線(前後径)として恥骨結合上縁と第5腰椎棘突起(きょくとっき)先端との距離、稜間径として左右の腸骨稜間の距離がある。また、棘間径として左右腸骨の上前腸骨棘間の距離を測るが、これは骨盤上口の間接的な横径となる。体内における骨盤の位置は、解剖学的な正常立位では体軸に対して斜めとなり、骨盤上口の面が水平面に対して約50~60度前方に傾斜している(これを骨盤傾度という)。骨盤下口の面は水平面に対して10~15度の傾きである。
骨盤の形態は男女の骨格のなかでは、もっとも性差が著しい。骨盤の性差は胎生4か月には現れるといわれるが、幼年期まではあまり著しい相違がなく、骨盤上口をみても、男女とも前後径の長い卵円形を示している。ところが10歳前後から性差が著明に現れ始め、思春期では完全に男女差ができる。しかし、骨盤の大きさは性差ばかりでなく同性間における個人差も大きい。一般に女性骨盤は分娩時の胎児の産道となるため、これに適した形態をとる。このため、男性に比べて、大骨盤は広く外方に広がり、小骨盤は低くて広い。また、仙骨岬角の突出が弱く、前面から平らなので、骨盤上口は大きく楕円(だえん)形に近くなる。骨盤下口も広く、仙骨が幅広く短いので、それだけ胎児の脱出が容易となる。
なお、恥骨結合の高さは女性の場合は男性より低いため、恥骨下角(かかく)が鈍角(70~80度)となる。男性の場合は鋭角(50~60度)の弓状を示している。したがって、古い骨で男女の鑑別をする場合、この恥骨下角を調べると確実に性別が判定できる。女性骨盤を全体としてみると、繊細で弱く、靭帯(じんたい)は緩く、筋の付着も浅い。
一般に骨盤腔という場合は小骨盤腔をさし、骨盤下口は筋や腱(けん)の軟部組織で閉じられており、男性では尿道、直腸、女性では尿道、直腸、腟(ちつ)が貫いている。
[嶋井和世]
動物の骨盤
脊椎動物の左右の腰帯をつくる3骨(腸骨、恥骨、坐骨)とそれを結合する脊椎骨の部分(仙骨)からなる構造体をいう。哺乳(ほにゅう)類ではこれらの骨が合体して単一の構造体をなしている。骨盤の形態は雌雄で異なり、雌では妊娠時に子宮を支えるために、骨盤の上部腔所(骨盤腔)が雄に比べて大きい。
哺乳類の腰帯の3骨は初め軟骨で結合しているが、のちに化骨して境界が不明瞭(ふめいりょう)となると寛骨とよばれる。左右の寛骨は、背側で仙骨と融合し、腹正中線上で骨盤結合により結ばれている。骨盤結合は恥骨結合と坐骨結合の2部分よりなる。大腿骨(だいたいこつ)が収まるところを骨盤臼(きゅう)といい、骨盤臼は上を腸骨、下前方を恥骨、下後方を坐骨が囲んでいる。恥骨結合は、妊娠期の終わりになると、リラキシンというホルモンの作用によって緩み、分娩が終わると急速にもとに戻る。
[川島誠一郎]