生物発生原則(読み)セイブツハッセイゲンソク(その他表記)biogenetic law

デジタル大辞泉 「生物発生原則」の意味・読み・例文・類語

せいぶつ‐はっせいげんそく【生物発生原則】

生物個体発生系統発生との共通した法則。特に、ヘッケル反復説のこと。

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精選版 日本国語大辞典 「生物発生原則」の意味・読み・例文・類語

せいぶつ‐はっせいげんそく【生物発生原則】

  1. 〘 名詞 〙はんぷくせつ(反復説)

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改訂新版 世界大百科事典 「生物発生原則」の意味・わかりやすい解説

生物発生原則 (せいぶつはっせいげんそく)
biogenetic law

反復説recapitulation theoryともいう。ドイツの動物学者E.ヘッケルが,著書《有機体の一般形態学》(1866)の中で主張した〈個体発生系統発生の短いくり返しである〉という学説のこと。C.ダーウィンが主著《種の起原》(1859)で〈自然淘汰説〉とよばれる生物進化理論を提唱したのち,ヘッケルはこの説に全面的に賛同し,それにのっとってすべての生物の形態とその成立ちを,自称一元論〉的に説明するものとして《一般形態学》を書いた。彼はこの本で次のように述べている。〈細胞質体(擬細胞と細胞)において,すばやく短時間にわれわれの眼前に起こる諸変化は,これらの細胞質体の祖先が,その古生物学的発展の間に,長い地質時代にわたってゆっくりと経過した諸変化の短いくり返しにほかならない〉。ここでいう細胞質体とはヘッケルが設定した6段階の〈個体〉のうち最も低次のもので,彼はその他の5種の個体についてもこれと同様のことがいえるということを論じた。さらに彼は,自分の主張をテーゼとして次のようにまとめている。(1)個体発生,すなわち個々それぞれの有機体がそれぞれの生存の全時間のうちに経過する形態変化の系列としての有機的諸個体の発生は,系統発生すなわちそれらが属する有機体の系統の発生により直接に規定されている。(2)個体発生は遺伝生殖)と適応(栄養)の生理学的機能によって規定された,系統発生の短く速やかな反復Rekapitulationである。(3)有機的個体(第1から第6の序次の形態的個体としての)は,その各個の発生の速やかな短い過程の間に,その祖先たちがかれらの古生物学的発展の緩慢な長い過程の間に,遺伝と適応との諸法則に従って経過した形態諸変化の最も重要なものをくり返す。

 ここで,個体発生とは,生物の〈個体〉が卵子から成熟体にまで発育する形態変化の過程,系統発生とはある生物の成熟体がその祖先以来多くの中間段階をへて最終形態に達する歴史的形態変化の過程を指す(どちらの言葉もヘッケルがここで初めて用いたものである)。この説はふつう高等動物を対象にしたもののようにいわれているが,もとはすべての生物を対象としてきわめて一般的に考えられたものであった。また,上記の(3)でいう〈第1から第6の序次の形態的個体〉とは,細胞質体Plastide,器官Organ,体輻(たいふく)Antimer,体節Metamer,個生物Person,群生物Cormusという次元の異なる6種類の構造上の単位のことで,これらを彼は形態的〈個体〉とよんだ。そして,それぞれの次元の個体において,個体発生過程に系統発生の跡が次々に現れると述べたのである。この考え方はきわめて理解しにくいものだったため,のちにヘッケルは他の著書の中で例をあげてわかりやすく説明した。たとえばヒトの胚に鰓弓(さいきゆう),脊索,尾など下等脊椎動物の特徴が現れることが好例とされ,この現象を彼は原形発生Palingenesisと名づけた。それに対して,哺乳類の胎盤のように,祖先の動物にはない新しい構造が発生過程に現れる現象を区別し,変形発生Cenogenesisとよんだ。そして自分の学説を〈生物発生原則〉と称したのである。こうした説明によって,生物発生原則はふつう高等動物の個体についての説であるように見られるようになった。

 この説は19世紀末ごろまでの,ダーウィン流進化論の確立期には生物学界に対して絶大な影響力をもち,個体発生を調べることによって系統発生を知ることができるはずだという期待のもとに,高等動物の発生学を大きく発展させる結果になった。しかし20世紀に入ってから,その期待は実現されないことがしだいに明らかとなり,それとともにこの説は多くの面から批判を受けるようになった。イギリスの動物学者ド・ビーアの著書《発生学と進化》(1930),《胚と祖先》(1940-58)はそのような批判の決定打ともいうべきものである。批判ないし否定的見解のおもな点は,(1)個体発生の事実は系統発生の事実をそのままくり返すわけではないこと,(2)個体発生には系統発生が反映すること,(3)ヘッケルの書いたように系統発生が個体発生の〈機械的原因〉であるのではなく,個体発生の変化が系統発生をつくりだすのであること,などに要約することができる。現在,実証的な生物学の世界では,この説は無効なものとしてほとんど顧慮されないが,古生物学界ではまだ注目されることもある。

 近年アメリカの進化生物学者S.グールドはまったく新しい観点からこの説をとらえ直し,その意味するところを客観的に分析している。これほどさまざまに評価される学説はきわめて珍しいが,それはこの説が単に経験的な自然科学のわくの中のものではなく,多分に自然哲学的な要素をもっているためでもある。いずれにせよ,個体発生と系統発生の関係という永遠の問題を浮彫にした点で,この説は大きな意義をもつものといえる。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「生物発生原則」の意味・わかりやすい解説

生物発生原則
せいぶつはっせいげんそく

生物の個体発生と系統発生の関係についてE・H・ヘッケルが1866年に提唱した学説。生物発生の法則ともいう。それは「個体発生は系統発生の短縮された急速な反復である」というもので、一般に反復説とよばれる。個体発生とは生物が卵から成体になる過程であるが、それがどのような経過をたどるかは、それぞれの生物のそれまでの歴史(系統発生)によって規定される。すなわち、祖先生物のたどった形態変化が個体発生の過程に再現されているという考えである。この原則が成立するならば、個体発生の研究から逆に系統発生を探ることができるわけで、実際に動物の系統樹を類推することもヘッケルは行っている。しかし、系統発生が個体発生の原因なのではなく、個体発生中に生じた変化の結果として系統発生が変化するわけであるから、ヘッケルの考えは完全に逆立ちしたものである。また、個体発生のいろいろな段階で変化が生じうるので、両者の関係はヘッケルがいうほど単純なものではない。ド・ビアG. R. de Beerは八型式を区別している。そのうち、図Aに示したような場合に、ヘッケルのいう反復が生じる。つまり、新たな変化が個体発生の先へ先へと付け加わっていく形で進化がおこる場合である。ヘッケルによれば、哺乳(ほにゅう)類の個体発生初期に鰓裂(さいれつ)が生じることや、甲殻類などいろいろな動物群で、成体の著しい相違にかかわらず幼生形が類似することを反復の例としてあげているが、これらは単に個体発生の後期に変化が生じたものと今日ではみられている(図B)。すなわち、ヘッケルが反復とみた幼生形の類似は、発生過程を共有することの類似にほかならず、そこにはヘッケルのいう意味での祖先形の急速かつ要約された反復はないとされている。ヘッケルは、たとえば哺乳類の胚(はい)の鰓裂を魚類の成体の特徴とみることで誤ったのだといえる。個体発生と系統発生の関係でむしろ注目されるのは、個体発生の途中で成熟して成体になり、その先の過程が発現しないネオテニー的進化の可能性であろう(図C)。ヒトの特徴が類人猿やサルの成体よりも幼児あるいは胎児に類似することから提唱されたヒトの胎児化説や、六肢の幼生形をもつ多足類から昆虫が生じたとする説も、ネオテニー的進化を想定したものである。幼生は一般に、成体ほど特殊化しておらず、特殊化で袋小路に陥った生物進化に新しい展開をもたらすものとして、ネオテニー的進化が注目されている。

[上田哲行]


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百科事典マイペディア 「生物発生原則」の意味・わかりやすい解説

生物発生原則【せいぶつはっせいげんそく】

反復説とも。ヘッケルが1868年提唱。個体発生は系統発生の短縮した繰り返しであるという説。個体発生の研究で生物の系統をつかめるという観点から,19世紀後期の発生学,特に無脊椎動物の比較発生学の研究を刺激したが,その後,ド・ビーアらの批判を受け,現在では,本来の意味でのこの説は否定されている。
→関連項目系統発生ヘッケル

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「生物発生原則」の意味・わかりやすい解説

生物発生原則
せいぶつはっせいげんそく
biogenetic law; recapitulation theory

反復説ともいう。ドイツの生物学者 E.ヘッケルが唱えた生物の発生に関する原則で,「個体発生は系統発生が短縮され,かつ急速に反復されるものであり,またこの反復は遺伝と適応の生理的機能によって規制される」というもの。しばしば簡略に「個体発生は系統発生を繰返す」と表現されるが,この表現には問題があるとして批判も多い。

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法則の辞典 「生物発生原則」の解説

生物発生原則【biogenetic law】

ヘッケルの法則(生物学)*と同一内容である.すなわち個体発生は系統発生の繰返しである.

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世界大百科事典(旧版)内の生物発生原則の言及

【系統発生】より

…近年は分岐論とよばれる分類学の新しい方法によって系統推定を行うことも盛んになっている。 系統発生ということばはヘッケルの〈個体発生は系統発生の短い反復である〉といういわゆる生物発生原則(反復説)と結びついて有名になった。この学説は19世紀後期以降,進化的な形態学や系統発生論を刺激し,その分野の研究を大きく前進させる効果をもった。…

【ヘッケル】より

…この点で経験的実証科学者よりもむしろJ.B.deラマルク,F.W.シェリングに近い。生物の自然発生を初原物質としてモネラmoneraを想定し,また個体発生と系統発生を重ね合わせた生物発生原則を提起した。さらに意識を細胞に帰属させることによって一元論が完成された。…

※「生物発生原則」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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