コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

膳桂之助 ぜんけいのすけ

3件 の用語解説(膳桂之助の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

膳桂之助
ぜんけいのすけ

[生]1887.7.21. 群馬
[没]1951.11.25.
昭和期の実業家,政治家。東京帝国大学を卒業後,農商務省に入り,八幡製鉄所を経て,1926年に日本鉱業倶楽部常務理事,全国産業団体連合会常務理事。 33年には日本団体生命保険を設立し,専務・社長を歴任。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

膳桂之助 ぜん-けいのすけ

1887-1951 大正-昭和時代の実業家。
明治20年7月21日生まれ。農商務省の課長をへて,日本工業倶楽部(クラブ)にはいる。昭和9年日本団体生命保険を創立し,のち社長。21年第1次吉田内閣経済安定本部初代総務長官をつとめる。昭和26年11月25日死去。64歳。群馬県出身。東京帝大卒。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

膳桂之助
ぜんけいのすけ
(1887―1951)

実業家、財界人。群馬県佐波(さわ)郡伊勢崎(いせさき)町に、薬舗膳浅次郎の三男に生まれる。1914年(大正3)東京帝国大学法科大学卒業。農商務省(商工局監理課)に入り、八幡(やはた)製鉄所副参事、本省工務局労働課長、能率課長、農務省市場課長、農務局繭糸課長を経て、26年農林省書記官を退官し、日本工業倶楽部(くらぶ)主事に就任。31年(昭和6)全国産業団体連合会設立とともに常任理事に就任し、翌年日本工業倶楽部常任理事に選任される。34年日本団体生命保険(株)が設立され専務、社長、会長を歴任。戦後46年(昭和21)貴族院議員、国務大臣、経済安定本部総務長官、物価庁長官に就任。47年公職追放の指定を受ける。[浅野俊光]
『吉野孝一編『膳桂之助追想録』(1959・日本団体生命保険株式会社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

膳桂之助の関連キーワード中山悦治小平浪平岩瀬徳三郎榎昌岡谷惣助(2)小野秀一小渕光平栗原ウメ三村起一宮川竹馬

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone