日本歴史地名大系 「致道館跡」の解説
致道館跡
ちどうかんあと
鶴ヶ岡城跡の南東、標高は約一五メートルの地にある庄内藩藩校跡。寛政年間(一七八九―一八〇一)庄内藩士の道徳頽廃を憂えた藩主酒井忠徳は重臣白井矢大夫に諮問し、学校による教育の進言を受けた(野中の清水)。寛政改革が成功し藩財政にゆとりが出てきた寛政一二年、忠徳は白井矢大夫と家老服部円蔵を学校御用掛に任命、城下の北
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
鶴ヶ岡城跡の南東、標高は約一五メートルの地にある庄内藩藩校跡。寛政年間(一七八九―一八〇一)庄内藩士の道徳頽廃を憂えた藩主酒井忠徳は重臣白井矢大夫に諮問し、学校による教育の進言を受けた(野中の清水)。寛政改革が成功し藩財政にゆとりが出てきた寛政一二年、忠徳は白井矢大夫と家老服部円蔵を学校御用掛に任命、城下の北
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