とくに優秀な才能(なかでも知的、精神的な能力、いわゆる知能)の所有者を早期に発見し、その才能を最大限に開発することを目ざす特別な教育をいう。したがって才能教育education of the talentedの一種とも考えられるが、ふつう才能教育は、芸術やスポーツなど特技領域について用いられる。英才の定義はかならずしも一定しないが、もっとも広く用いられる基準は知的障害者鑑別用にフランスの心理学者アルフレッド・ビネーが開発した知能検査によって測定される知能指数(IQ)である。IQは精神年齢と暦年齢との比から算出される。普通、IQ90~110が正常と考えられ、これに人口の約50~70%が入るが、これを中心としてIQの高い者と低い者とが正常分布曲線を描いて分布するとされる。そのうちIQ110~130を優秀(約20~25%)、130以上を英才(3%)とよび、なかでもとくに優れた者(140以上。1%)を天才とよぶ学者もいる。ただし天才という語は往々にして芸術など特殊才能について使用される習慣があるので、英才の名で包括するのが普通である。イギリスの遺伝学者ゴルトンやアメリカの心理学者ターマンらは、IQは年齢とともに変化せず、比較的恒常性をもつとし、また高い知能の所有者は知的にだけでなく、あらゆる面で優れていると主張したが、その後、この主張には多くの批判が加えられ、知能は、創造性、芸術的才能、人間関係処理能力などとかならずしも並行しないとされるようになった。そのため、IQにかえて、知能偏差値が用いられることが多くなった。ただし、わが国では偏差値は受験用学力について用いられることが多く、偏差値を基にした教育制度は諸悪の根源とされている。
[新堀通也]
今日、脱工業化の進展によってますます高度な知識や情報、科学や技術の重要性が高まりつつあり、とくにわが国では頭脳集約産業や高度な文化の発達が国際競争力の観点からも強く要請され、産業界や学界などでは創造性が国の将来を左右するという認識が強い。政府もIT革命への対応、科学技術立国などを強調し、英才教育が関係諸審議会によって提案されている。ところが第二次世界大戦後の教育では、平等と画一、横並びの一斉主義が根強い傾向として定着し、英才教育は「差別・選別」「エリート主義」などの名のもとにタブー視されてきた。そこには第二次世界大戦前の複線型教育制度に対する反省や、戦後の受験秀才(いわゆる偏差値秀才)重視から生じる各種の弊害の認識などが作用している。さらに基本的には、英才の定義や鑑別、英才教育の方法、内容、目的などについての科学的、世論的な合意が確立していないところに問題がある。そのうえ、英才教育と天才教育、才能教育、エリート教育などとの区別も明確ではない。そのため、才能の早期開発や、いわゆるエリート校の教育、たとえば第二次世界大戦前の日本の高等学校(旧制)、イギリスの「オックスブリッジ」(オックスフォード大学とケンブリッジ大学)、フランスのグランゼコールなどのエリート教育も英才教育の一種として考えられることがある。
[新堀通也]
古く孟子(もうし)は天下の英才を得て教育することを「君子の三楽」の一つと考えたし、プラトンは哲人教育を主張した。英才教育をもっとも広く解するなら、多くの国に貴族、支配者、エリートのための学校と、庶民のための学校という複線型の学校制度があり、前者では、早くから一種の英才教育を行った。その後、基礎教育を全国民共通のものとし、そのなかから入試など多くの厳格な方法で英才の選抜を行い、これに上級学校で特別な教育が施された。しかし狭義の英才教育が学校で取り上げられたのは19世紀後半からである。今日、その主要な形態としては、
(1)早期進級制(早期入学、飛び級、早期卒業など)
(2)英才のための特別学校や特別学級(カリキュラムの豊富化、能力や到達度別の学級編成、特定教科だけの特別学級など)
(3)普通学級内での能力別指導
の三つをあげることができよう。
[新堀通也]
『清水義弘・向坊隆編『英才教育』(1969・第一法規出版)』▽『藤永保・麻生誠編『能力・適性・選抜と教育』(1975・第一法規出版)』▽『宮城音弥著『天才』(岩波新書)』▽『上出弘之・伊藤隆二著『知能』(1972・有斐閣)』▽『井上敏明著『知能のタイプ』(1994・朱鷺書房)』
幼児期,もしくは学童期に知能面で優れた才能と素質をもった児童に対してその才能を伸ばすための特別な教育をほどこすこと。その起源は,古くは哲学者J.S.ミルに対して父親が乳幼児の時期から早期教育をほどこしたような家塾的なものに端を発している。今日では,それは優秀児の教育は遅くとも2~3歳のころから始めるべきで,学齢に達するまでに適切な教育をほどこさないでおくと,才能を啓発する好機を失ってしまうとする早期教育論と結びつき,その必要性が主張されている。しかし,英才教育は〈英才を見いだし,その児童に対して適切な教育をほどこす〉のか〈英才を育てる教育をほどこす〉のかによってその形態,方法は異なる。前者は,特定の児童が有している潜在的な素質や天賦の適性を早期に発見し,特別な教育をほどこす〈天才教育〉や〈エリート教育〉と同義のものとなり,後者は大多数の児童に潜在的な可能性があることを前提とし,早期からの科学的な訓練と指導により,その能力を最大限に発揮させる〈才能教育〉と同義のものとなる。しかし,狭義には,前者を〈英才教育〉と呼ぶ場合が多い。また学校教育においては,知能指数(IQ)120~130以上の知的優秀児に対して,飛級などの累進進級法acceleration(rapid promotion)やカリキュラム拡充法enrichment of curriculum,能力別クラス編成などの方法を採用することにより,義務教育の段階から優秀児の知的能力を開発する試みが,ドイツ,フランス,アメリカなどで行われている。また,日本においては,太平洋戦争開始後,日本の戦力増強という国家目的のために,科学者を養成するための英才教育計画が試みられ,1944年広島高等師範付属中学,45年東京高等師範付属中学に〈特別科学教育学級〉が設置された。しかし,この英才学級での特殊教育は,その効果に疑問がもたれ,実施後1~2年にして廃止された。確かに一定の領域の知識や技能は,早期教育によって急速に発達することおよび特定の領域の才能は,比較的年齢の早い時期に芽生えることは,最近の大脳生理学の発展によっても証明され,今日でもその必要性は主張されている。しかし,その才能の開発が,当面の政治や経済の目的に従属した〈人材養成〉計画の一貫として行われる限り,英才教育は特定の児童に対する狭義の知識,技能の育成計画となり,その児童の人間的教養と人格を養成するものにはなりえないのである。
執筆者:村越 邦男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…教育の始期として常識的に考えられている年齢よりも早期に教育を開始することにより,教育効果を高めようとする試み。早教育ともいい,英才教育,才能教育とほぼ同義に使われることもある。たとえば,従来就学後の教育課程のなかに位置づけられてきた文字や数の学習を,就学前教育の段階で指導したり,音楽など特定の才能を伸ばす目的で2~3歳から楽器の練習をさせるばあいに用いられる。…
※「英才教育」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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