臼井治堅(読み)うすい はるかた

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「臼井治堅」の解説

臼井治堅 うすい-はるかた

1809-1854* 江戸時代後期の医師,国学者。
文化6年生まれ。因幡(いなば)鳥取藩士。藩医大島恭仙の弟子飯田秀雄に国学,和歌をまなぶ。のち京都で儒学医学をおさめ,香川景樹,城戸千楯(ちたて)らとまじわる。嘉永(かえい)6年藩校尚徳館教授となった。嘉永6年12月16日死去。45歳。本姓は森。初名は修仙。通称は源三。号は銀杏下(いちょうがもと)。著作に「昼寝の枕」「銀杏の落葉」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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