臼田畏斎(読み)うすだ いさい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「臼田畏斎」の解説

臼田畏斎 うすだ-いさい

1645-1690 江戸時代前期の儒者
正保2年生まれ。備前岡山藩家老日置(へき)家の家臣。天和(てんな)2年同家をさり,母の姓を名のる。京都で藤井懶斎(らんさい),中村惕斎(てきさい)らとまじわる。儒学をおしえることをこのまず,薬をねって生計とし,学問をつづけた。母親への孝養で知られた。元禄(げんろく)3年10月7日死去。46歳。本姓坂口。名は可久。通称は二郎介。
格言など】生は生に任し,死は死に任す(辞世)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む