花山天皇陵(読み)かざんてんのうりよう

日本歴史地名大系 「花山天皇陵」の解説

花山天皇陵
かざんてんのうりよう

[現在地名]北区衣笠北高橋町

紙屋川の斎場に近い高橋(たかはし)の北西にある円墳で元治元年(一八六四)に治定された。正式には花山天皇紙屋上(かみやじよう)陵。

天皇は冷泉天皇の第一皇子(母は藤原懐子)で、永観二年(九八四)一七歳で即位したが、寵愛の女御藤原子の死を悲しむあまり藤原兼家・道兼らの謀略でわずか二年で退位、山科元慶(がんけい)寺で出家した。出家後、後世安穏を祈って諸国の古社寺を巡礼したことから、西国三十三所巡りは法皇の創始という伝説も作られたが、書写(しよしや)山(現兵庫県姫路市)と那智(なち)山(現和歌山県東牟婁郡那智勝浦町)以外は御幸の事実は確かめられない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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