滋賀県大津市北部の地名。9世紀後半に小槻氏が開発した土地で,ここの地主権現社(雄琴神社)は小槻氏始祖の今雄を祭神としており,また今雄が863年(貞観5)に創建した氏寺の法光寺が南接する苗鹿(のうか)村にある。12世紀初頭,祐俊のときに雄琴荘および苗鹿村は法光寺領として,小槻氏氏長者が支配することが決められている。雄琴荘,苗鹿村は比叡山の膝下で坂本に近接しており,鎌倉時代後期から延暦寺の勢力が進出し,その領有をめぐり室町時代まで争いが続いている。また小槻氏も壬生(みぶ)家と大宮家とに分かれ戦国期まで領有に関する争論をくり返している。戦国期には土豪和田氏が勢力をもち,雄琴城を居城としていた。豊臣秀吉はここを直轄地に入れ600石の高をつけたが,江戸時代寛永期に雄琴村は817石余である。また,北国への街道にあたることから,早くより伝説や古歌によまれ,農民の活動も真宗門徒役の負担など顕著であった。1889年(明治22)苗鹿・千野2村と合併,滋賀郡雄琴村となり,1951年大津市雄琴町となる。
執筆者:宮島 敬一
大津市北部の鉱泉(泉温20℃,加熱)。比叡山東麓の古琵琶湖層の丘陵に位置し,眼下に琵琶湖をのぞむ景勝地である。古くから法光寺の境内に霊泉があることが知られていたが,1919年(大正8)ラジウム泉と判明し,その後温泉街が形成された。付近に近江八景の一つ〈堅田の落雁〉で知られる堅田の浮御堂(うきみどう)がある。国道161号線が通じ,JR湖西線の雄琴駅に近いため,京阪方面からの観光客が多く,個室付き浴場など性風俗営業が隆盛で,歓楽街化が進んでいる。
執筆者:井戸 庄三
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