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荒木元清 あらき もときよ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

荒木元清 あらき-もときよ

1536-1610 戦国-江戸時代前期の馬術家。
天文(てんぶん)5年生まれ。荒木村重の一族。摂津花熊城(兵庫県)城主。落城後,豊臣秀吉につかえるが,文禄(ぶんろく)4年の豊臣秀次(ひでつぐ)事件に連座して追放される。斎藤好玄(よしはる)にまなんだ大坪流馬術をもとに荒木流を創始した。慶長15年5月23日死去。75歳。法名安志。通称は志摩守。

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朝日日本歴史人物事典の解説

荒木元清

没年:慶長15.5.23(1610.7.13)
生年:天文4(1535)
安土桃山・江戸前期の馬術家。重元の子で,摂津国(兵庫県)の人。志摩守と称す。同族の荒木村重に属して,城攻め野戦の功が多かった。のち純粋に馬術を修練することを志したと思われ,大坪流の斎藤好玄より,弓術を伴わない馬術を学び,新たに自分の名を冠して荒木流を創始した。天正8(1580)年花隈城落城後,豊臣秀吉に仕え,豊臣秀次事件(1595年)に座して遠流に処せられた。秀吉の死後は京都に住した。荒木流の道統は4男の十左衛門元満が継いだ。<参考文献>日夏繁高『本朝武芸小伝』(新編武術叢書)

(藤堂良明)

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

荒木元清
あらきもときよ
(1536―1610)

馬術荒木流の祖。志摩(しま)入道安志(あんし)という。織田信長に滅ぼされた摂津(大阪府・兵庫県)の猛将荒木村重(むらしげ)の一族で、同国花隈(はなくま)の城主であった。晩年は京都に住み、かつて斎藤安芸守好玄(あきのかみこうげん)に学んだ大坪流に新しいくふうを加え、馬術をもって一派を開いた。[渡邉一郎]

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