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菩提流支 ぼだいるしBodhiruci

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

菩提流支
ぼだいるし
Bodhiruci

インドの僧。永平1 (508) 年中国の洛陽に来て永寧寺で訳経に従事した。地論宗の祖とされ,浄土教においても尊崇されている。翻訳した経論は 39部 127巻といわれ,代表的なものには,『十地経論』『入楞伽経』『金剛般若経』などがある。

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世界大百科事典 第2版の解説

ぼだいるし【菩提流支】

?‐727?
インド出身の僧。Bodhiruciの音訳。508年(永平1),北魏の都洛陽に来り,永寧寺に住し,700人の僧を率いて訳経事業を推進した。訳経の元匠と称せられるゆえんである。以後,東魏期にかけての約30年間に,39部127巻もの経論を訳出した。彼以前の中国仏教界は,クマーラジーバ(鳩摩羅什)によって訳出された竜樹系の大乗仏教に立脚するものであったが,彼の訳出した経論は竜樹以後の無着(むぢやく),世親らによって発展させられたインドの新しい大乗仏教の系譜上にあるもので,より精緻な教理展開をもつものであった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

菩提流支
ぼだいるし

生没年不詳。6世紀、北インド出身の翻訳僧。サンスクリット名ボディルチBodhiruci。また道希(どうき)、覚愛(かくあい)ともいう。508年(永平1)洛陽(らくよう)にきて、永寧(えいねい)寺に住して翻訳に従事、『十地経論(じゅうじきょうろん)』『入楞伽経(にゅうりょうがきょう)』『金剛般若経(こんごうはんにゃきょう)』『無量寿経論(むりょうじゅきょうろん)』など39部127巻を訳出した。また曇無最(どんむさい)の『大乗義章』を胡語(こご)に転訳して西域(せいいき)に送った。後世、地論(じろん)宗の祖とされ、また曇鸞(どんらん)に『観無量寿経』を授け、世親(せしん)の『無量寿経論』を伝訳したため、浄土教の一祖と仰がれた。達磨(だるま)とほぼ同時代の僧で、流支は彼を憎み、弟子の光統(こうとう)律師とともに、毒殺を企てたという伝説もある。[丘山 新]

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世界大百科事典内の菩提流支の言及

【大無量寿経】より

…サンスクリット原典,チベット語訳,および5種の漢訳が現存する。漢訳は支婁迦讖(しるかせん)訳(漢訳),支謙訳(呉訳),康僧鎧(こうそうがい)訳(魏訳),菩提流支(ぼだいるし)訳(唐訳),法賢訳(宋訳)であるが,前3訳に関しては訳者に疑問がもたれている。一般に用いられるのは魏訳である。…

※「菩提流支」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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