インドで4世紀後半ごろ成立した大乗経典の一つ。『入(にゅう)楞伽経』ともいう。サンスクリット語でランカーバターラ・スートラLankāvatārasūtraという。舞台をランカー島(スリランカ)にとり、そこの魔王ラーバナを教化するという構想をもっている(これはインドの叙事詩『ラーマーヤナ』の主題を換骨奪胎したもの)ところからその題名(ランカーに入る)を得た。五法・三性(さんしょう)・八識(はっしき)・二無我(むが)によって唯識(ゆいしき)説を説くことを標榜(ひょうぼう)しているが、全体として空性(くうしょう)説に基づき、唯心(ゆいしん)、如来(にょらい)蔵を説くほか、種々の教説が雑多に述べられている。後期成立の経典として、大乗の総合を目ざしたものであろう。その教理を「仏語心」(仏の教えの心髄)と称し、自覚聖智(じかくしょうち)によるその体得を強調している。後代インドで、中観(ちゅうがん)、瑜伽行(ゆがぎょう)両派から尊重され、ネパールでは九種大経の一つに数えられて、梵(ぼん)本が伝承された。中国では、求那跋陀羅(ぐなばっだら)訳『楞伽阿跋多羅宝経(あばっだらほうきょう)』4巻(宋(そう)訳)ほか、菩提流支(ぼだいるし)訳『入楞伽経』10巻(魏(ぎ)訳)、実叉難陀(じっしゃなんだ)訳『大乗入楞伽経』7巻(唐訳)があるが、初訳が菩提達摩(ぼだいだるま)によって喧伝(けんでん)されて以後、禅宗で尊重され、また、如来蔵思想に関して『大乗起信論(だいじょうきしんろん)』の典拠とみなされ、華厳(けごん)宗でも重視された。チベットには敦煌(とんこう)を経て伝わった前記の四巻本からの重訳と、サンスクリット本からの訳の2種が存在する。
[高崎直道 2016年8月19日]
『高崎直道著『楞伽経』(『仏典講座17』所収・1980・大蔵出版)』
大乗仏教経典の一つ。原題はサンスクリット語《ランカーバターラ・スートラLaṅkāvatāra-sūtra》(ランカー城に入って説いた経典)。仏陀が魔王ラーバナの住むランカー城に入って説いたとされる。サンスクリット原典のほか,チベット語訳と3種の漢訳が現存する。漢訳は求那跋陀羅訳《楞伽阿跋多羅宝経》4巻,菩提流支訳《入楞伽経》10巻,実叉難陀訳《大乗入楞伽経》10巻である。全10章からなるが,漢訳4巻本は第1,9,10章を欠き,最も古い形を残していると考えられる。内容ははなはだ雑多であるが,その中心は五法(名,相,分別,正智,如如),三性(偏,依,円),八識(前六識,末那,阿頼耶)にまとめられ,後世,唯識派の典籍として重んじられた。とくに,阿頼耶識を如来蔵説と結びつけて理解しており,《大乗起信論》の先駆をなすものとされる。また,〈如来禅〉を説くところから,禅宗,とくに北宗禅でも重視され,さらに,密教的色彩もあるところから,真言宗でも用いられている。
執筆者:末木 文美士
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…チベット語ではトゥルク(sprul sku,化身)またはクケー(sku skyes,御転生)という。仏がこの世に出現させる化身の菩薩は,すべての人々が悟り救われるまで輪廻の世界に生まれかわって救済を続け,自分は理想とされる涅槃(ねはん)に入らないという《楞伽(りようが)経》の教えに基づいて,優れた僧をそのような菩薩とみなし,その死後49日間に受胎されて生まれた者のあいだから転生者を探し出す習慣が生じた。はじめカルマ,カーギュという2派の法主がこの方法で選出され,宗派意識の高揚に役立ったところから,この2派と対立したゲルク派が16世紀半ばに宗派的結束を図ってデープン寺住職の転生者を選んだ。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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