400~480年ごろ(または320~400年ごろ)の中期仏教の大学者。原名はバスバンドゥVasubandhu。天親(てんしん)とも訳す。当時インドの北西部ガンダーラのペシャワルの出身。部派仏教のうちで最大の学派であり保守派を代表した説一切有部(せついっさいうぶ)と、同系から分派した経量部(きょうりょうぶ)とに学び、それらを名著『阿毘達磨倶舎論(あびだつまくしゃろん)』(『倶舎論』と略称)に示す。この書は、部派仏教の中心になる諸思想(仏教哲学や世界観など)を実に手際よくまとめた仏教のもっとも基本的な綱要書であり、インド、中国、日本で広く読まれて今日に至る。のち兄のアサンガAsaga(無著(むじゃく))に誘われて大乗仏教に転向すると、マイトレーヤMaitreya(弥勒(みろく))からアサンガに受け継がれて確立した唯識(ゆいしき)思想を、世親は『唯識二十論』と『唯識三十頌(じゅ)』とに結集した。唯識は略言すれば、純粋な精神作用に、対象を含むいっさいのあり方を包括し、それまでの唯心論をさらに明確に組織的に示す。なお唯識はヨーガの実践に支えられるので、瑜伽行(ゆがぎょう)派ともよばれる。唯識の伝統はインド、チベットのほか、中国および日本で法相(ほっそう)宗として発展し、とくに学問的精密を誇る。世親の著書には、さらに『大乗成業論(じょうごうろん)』『大乗五蘊論(ごうんろん)』ほかがあり、『仏性論(ぶっしょうろん)』『大乗百法明門論(ひゃくほうみょうもんろん)』もその著とされる。そのほか、中期大乗の主軸となるもっとも重要な諸論書や、主要な多くの経典に対し、優れた注釈書を多数著している。
[三枝充悳 2016年12月12日]
『三枝充悳著『ヴァスバンドゥ』(『人類の知的遺産14』1983・講談社)』
5世紀ころのインドの仏教学者。世親はバスバンドゥVasubandhuの訳。天親(てんじん)ともいう。《婆藪槃豆法師伝》によると,プルシャプラ(現,ペシャーワル市)でバラモンの第2子として生まれ,出家して小乗の説一切有部(有部(うぶ))の僧となった。アヨーディヤーで師のブッダミトラがサーンキヤ派の外道に論破されたため,《七十真実論》をつくってサーンキヤ派の教義を論破しかえし,それによってビクラマーディティヤ王から賞金を得,その金でアヨーディヤーに三つの寺を建てた。彼は有部の根本聖典《大毘婆沙論》を講義し,毎日その日の講義を詩の形で要約した。その結果,六百偈からなる《俱舎論頌》ができ,さらに彼自らの解説が付された《阿毘達磨俱舎論》ができあがった。後者は有部の立場に立脚しつつ,部分的には〈経量部〉の立場から有部に批判を加えたものなので,カシミールの有部教徒たちは不満を抱いた。バスバンドゥは王妃や皇太子(バーラーディティヤ)の帰依をうけ,外道の毘伽羅論を論破して賞金を得,プルシャプラ,カシミール,アヨーディヤーに各一寺を建てた。論破された外道にそそのかされた(カシミールの)衆賢(しゆげん)(サンガバドラ)に論争を挑まれたが,応じなかった。
はじめ大乗非仏説を唱えていたが,兄無著(むぢやく)(アサンガ)に導かれて大乗に転じ,華厳,涅槃,法華,般若,維摩,勝鬘などの大乗経に対する論書や唯識思想に関する解説書をつくった。80歳でアヨーディヤーで没。大乗成業論,仏性論,弁中辺論なども彼の作である。
執筆者:定方 晟
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…代表的な部派としては,西北インドに栄えた説一切有(せついつさいう)部,中西インドの正量(しようりよう)部,西南インドの上座部(以上,上座部系),南方インドの大衆部などが挙げられる。大乗仏教から特に攻撃対象とされたのは説一切有部であり,後に大乗に転向した無著(むぢやく),世親の兄弟は,初めこの部派に属していた。スリランカに伝えられた上座部は,特に〈南方上座部〉と呼ばれ,ミャンマー,タイ,カンボジアなどの東南アジア諸国に伝播し今日にいたっている。…
…父はカウシカKauśika(憍尸迦),母はビリンチViriñci(比隣持),兄弟3人のうちの長男であった。次男には説一切有部(せついつさいうぶ)から唯識派に転向して大成したバスバンドゥ(世親)がいる。初め部派(小乗)仏教の化地部(けじぶ)(一説には説一切有部)において出家し,瞑想に基づく欲望からの離脱法を修得した。…
※「世親」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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