世親(読み)セシン

デジタル大辞泉 「世親」の意味・読み・例文・類語

せしん【世親】

《〈梵〉Vasubandhuの訳》4~5世紀ごろの北インドの僧。小乗を修め「倶舎論」を著したが、兄の無著むじゃくに従って大乗に転じた。瑜伽唯識ゆがゆいしき思想を主張し、「唯識二十論」「唯識三十頌」を著す。著作が多く、千部論主ろんじゅといわれた。天親てんじんバスバンドゥ

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精選版 日本国語大辞典 「世親」の意味・読み・例文・類語

せしん【世親】

  1. ( [梵語] Vasubandhu 婆藪槃豆(ばすばんず)の訳語。天親とも訳する ) 五世紀頃の北インドの僧。小乗の有部(うぶ)思想の解説書「阿毘達磨倶舎論」を著わしたが、のち兄の無著(むじゃく)に従って大乗に転じ、瑜伽(ゆが)派のもとを築いた。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「世親」の意味・わかりやすい解説

世親
せしん

400~480年ごろ(または320~400年ごろ)の中期仏教の大学者。原名はバスバンドゥVasubandhu。天親(てんしん)とも訳す。当時インドの北西部ガンダーラのペシャワルの出身。部派仏教のうちで最大の学派であり保守派を代表した説一切有部(せついっさいうぶ)と、同系から分派した経量部(きょうりょうぶ)とに学び、それらを名著『阿毘達磨倶舎論(あびだつまくしゃろん)』(『倶舎論』と略称)に示す。この書は、部派仏教の中心になる諸思想(仏教哲学や世界観など)を実に手際よくまとめた仏教のもっとも基本的な綱要書であり、インド、中国、日本で広く読まれて今日に至る。のち兄のアサンガAsaga(無著(むじゃく))に誘われて大乗仏教に転向すると、マイトレーヤMaitreya(弥勒(みろく))からアサンガに受け継がれて確立した唯識(ゆいしき)思想を、世親は『唯識二十論』と『唯識三十頌(じゅ)』とに結集した。唯識は略言すれば、純粋な精神作用に、対象を含むいっさいのあり方を包括し、それまでの唯心論をさらに明確に組織的に示す。なお唯識はヨーガの実践に支えられるので、瑜伽行(ゆがぎょう)派ともよばれる。唯識の伝統はインド、チベットのほか、中国および日本で法相(ほっそう)宗として発展し、とくに学問的精密を誇る。世親の著書には、さらに『大乗成業論(じょうごうろん)』『大乗五蘊論(ごうんろん)』ほかがあり、『仏性論(ぶっしょうろん)』『大乗百法明門論(ひゃくほうみょうもんろん)』もその著とされる。そのほか、中期大乗の主軸となるもっとも重要な諸論書や、主要な多くの経典に対し、優れた注釈書を多数著している。

[三枝充悳 2016年12月12日]

『三枝充悳著『ヴァスバンドゥ』(『人類の知的遺産14』1983・講談社)』

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改訂新版 世界大百科事典 「世親」の意味・わかりやすい解説

世親 (せしん)

5世紀ころのインドの仏教学者。世親はバスバンドゥVasubandhuの訳。天親(てんじん)ともいう。《婆藪槃豆法師伝》によると,プルシャプラ(現,ペシャーワル市)でバラモンの第2子として生まれ,出家して小乗の説一切有部(有部(うぶ))の僧となった。アヨーディヤーで師のブッダミトラがサーンキヤ派の外道に論破されたため,《七十真実論》をつくってサーンキヤ派の教義を論破しかえし,それによってビクラマーディティヤ王から賞金を得,その金でアヨーディヤーに三つの寺を建てた。彼は有部の根本聖典《大毘婆沙論》を講義し,毎日その日の講義を詩の形で要約した。その結果,六百偈からなる《俱舎論頌》ができ,さらに彼自らの解説が付された《阿毘達磨俱舎論》ができあがった。後者は有部の立場に立脚しつつ,部分的には〈経量部〉の立場から有部に批判を加えたものなので,カシミールの有部教徒たちは不満を抱いた。バスバンドゥは王妃や皇太子(バーラーディティヤ)の帰依をうけ,外道の毘伽羅論を論破して賞金を得,プルシャプラ,カシミール,アヨーディヤーに各一寺を建てた。論破された外道にそそのかされた(カシミールの)衆賢(しゆげん)(サンガバドラ)に論争を挑まれたが,応じなかった。

 はじめ大乗非仏説を唱えていたが,兄無著(むぢやく)(アサンガ)に導かれて大乗に転じ,華厳,涅槃,法華,般若,維摩,勝鬘などの大乗経に対する論書や唯識思想に関する解説書をつくった。80歳でアヨーディヤーで没。大乗成業論,仏性論,弁中辺論なども彼の作である。
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百科事典マイペディア 「世親」の意味・わかりやすい解説

世親【せしん】

5世紀のインドの学僧。サンスクリット名バスバンドゥVasubandhuの漢訳で,旧訳では天親(てんじん)。プルシャプラの出身。初め小乗仏教の立場にあり《倶舎論(くしゃろん)》などを著した。兄無著(むぢゃく)の勧めで大乗仏教に入り,唯識説を大成。また浄土思想の唱導者として,中国・日本では伝統的に尊信されている。著書《阿毘達磨(あびだつま)倶舎論》《唯識二十論》《浄土論》《摂(しょう)大乗論》等。→唯識派
→関連項目運慶浄土教浄土宗ディグナーガ曇鸞仏教法相宗

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「世親」の意味・わかりやすい解説

世親
せしん
Vasubandhu

[生]320頃
[没]400頃
インドの僧。天親 (てんじん) とも漢訳される。音写は婆藪槃豆などである。無着の弟。初め説一切有部で出家し,のち経量部を学んで『阿毘達磨倶舎論』を著わして大乗仏教を非難したが,兄のすすめで改宗して大乗教をたたえるようになる。部派仏教に関する著書 500部,大乗に関するもの 500部といわれ,千部の論主と称される。有名な著書には『倶舎論』のほかに『弁中辺論』『唯識三十頌』『摂大乗論釈』などがある。無着,世親の大乗仏教は瑜伽行派と呼ばれ,龍樹,提婆の中観派とともにインド大乗仏教の二大主流となって,中国や日本に広く流伝した。

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旺文社世界史事典 三訂版 「世親」の解説

世親
せしん

320ごろ〜400ごろ
古代インドの大乗仏教哲学者。インド名はバスバンドゥVasubandhu
兄の無著 (むちやく) (インド名アサンガー)とともに唯識論を説き,阿弥陀信仰を強調し,中国・日本の仏教に大きな影響を与えた。主著『摂大乗論註』『唯識二十論』ほか,大乗諸経典の注釈が多い。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「世親」の解説

世親(せしん)

ヴァスバンドゥ

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世界大百科事典(旧版)内の世親の言及

【阿毘達磨俱舎論】より

…インドの仏教論書。世親(バスバンドゥ,5世紀ころの人)著。サンスクリット名アビダルマコーシャバーシャAbhidharmakośabhāṣya。…

【部派仏教】より

…代表的な部派としては,西北インドに栄えた説一切有(せついつさいう)部,中西インドの正量(しようりよう)部,西南インドの上座部(以上,上座部系),南方インドの大衆部などが挙げられる。大乗仏教から特に攻撃対象とされたのは説一切有部であり,後に大乗に転向した無著(むぢやく),世親の兄弟は,初めこの部派に属していた。スリランカに伝えられた上座部は,特に〈南方上座部〉と呼ばれ,ミャンマー,タイ,カンボジアなどの東南アジア諸国に伝播し今日にいたっている。…

【無著】より

…父はカウシカKauśika(憍尸迦),母はビリンチViriñci(比隣持),兄弟3人のうちの長男であった。次男には説一切有部(せついつさいうぶ)から唯識派に転向して大成したバスバンドゥ(世親)がいる。初め部派(小乗)仏教の化地部(けじぶ)(一説には説一切有部)において出家し,瞑想に基づく欲望からの離脱法を修得した。…

※「世親」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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