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萩原兼従 はぎわら かねより

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

萩原兼従 はぎわら-かねより

1588-1660 江戸時代前期の神道家。
天正(てんしょう)16年生まれ。吉田兼治の長男。祖父吉田兼見の養子となり,萩原と改姓。豊臣秀吉をまつる京都豊国社の社務職をつぎ,豊臣氏滅亡で職をうしなった。以後は神道の学問をふかめ,晩年,弟子の吉川惟足(よしかわ-これたり)に秘伝をつたえた。万治(まんじ)3年8月13日死去。73歳。京都出身。著作に「神道大意私記」。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

萩原兼従

没年:万治3.8.13(1660.9.17)
生年:天正16(1588)
江戸前期の神道家。神祇管領吉田兼治の子。長男であったが,家督を弟兼英に譲り,祖父兼見の養子となる。萩原を称し,養父の職の豊臣秀吉を祀る豊国社の社務職を継承した。後陽成天皇に神道を進講し,秀吉,徳川家康,徳川秀忠に仕える。大坂城内の豊国社創建に尽くしたが,豊臣氏滅亡とともに豊国社も破却され,兼従も豊後国(大分県)に配流が決まった。だが義弟細川忠興の計らいで許され堂上に列した。のち神道の学問を深め,門弟の吉川惟足に吉田神道の奥義を授け,まだ若年の吉田家当主の成長後に伝授させようとした。<参考文献>平重道『吉川神道の基礎的研究』

(白山芳太郎)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の萩原兼従の言及

【吉川神道】より

…江戸前期の神道家吉川惟足(これたり)によって提唱された神道。惟足が萩原兼従から道統伝授された吉田神道によりながら,その儒仏神三教包摂的な思想に対し,仏教的要素を除いて,儒学とくに宋学理論の重視を説き,みずから理学神道と称した。また君臣の道としての神道を強調した。…

※「萩原兼従」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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