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萩往還

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デジタル大辞泉プラスの解説

萩往還

山口県萩市にある道の駅。主要地方道萩秋芳線に沿う。

出典|小学館
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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

萩往還

日本海側の萩(萩市)と瀬戸内海側の三田尻港(防府市)をほぼ直線で結んだ約53キロの街道。江戸時代には参勤交代での「御成道(おなりみち)」として、萩藩主らが通った。人や馬の往来に必要な一里塚や茶屋跡、通行人を取り締まる口屋跡が今も残っている。

(2013-06-08 朝日新聞 朝刊 山口 1地方)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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防府市歴史用語集の解説

萩往還

 江戸時代のはじめに整備された、萩城と防府の三田尻御茶屋[みたじりおちゃや]・御舟倉[おふなぐら]を結ぶ約53kmの道です。参勤交代[さんきんこうたい]に使われるほか、山陽と山陰を結ぶ重要な道でした。

出典|ほうふWeb歴史館
Copyright 2002,Hofu Virtual Site Museum,Japan
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国指定史跡ガイドの解説

はぎおうかん【萩往還】


山口県山口市、萩市、防府市にまたがる街道。萩往還は1604年(慶長9)の萩城築城後、城下町萩(萩市)と瀬戸内の港、三田尻(みたじり)(防府市)をほぼ直線で結ぶ街道として開かれ、全長は53kmに及ぶ。この街道は政治的交通路としての性格が強く、とりわけ参勤交代によって大量の人馬の移動が行われるようになり、「御成道(おなりみち)」とも呼ばれた。萩城下の中心となる唐樋(からひ)の札場を基点として三田尻にいたるが、この間には1859年(安政6)に護送される吉田松陰が歌を詠んだ場所といわれる涙松、一里塚、悴坂(かせがさか)駕籠建場、茶屋、本陣、船倉など数々の遺跡がある。また、萩市の佐々並(ささなみ)では、宿場町の面影を残す250mの石畳が発見された。山陰と山陽を結ぶ陰陽連絡道として重要な交通路となり、幕末には維新の志士たちが往来し、歴史上重要な役割を果たしてきた古道である。1989年(平成1)に国の史跡に指定された。萩往還佐々並地区へは、JR山陰本線萩駅から車で約38分。

出典|講談社
(C)Kodansha 2013.
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