薬物療法に伴う医原性疾患

内科学 第10版の解説

薬物療法に伴う医原性疾患(医原性疾患)

 薬物療法は,インシデント件数が最も多い医療行為の1つである(表16-3-6).薬物の過量・過小投与,用法の誤り,薬剤の誤り,患者の誤りなどのエラー(スリップ)は日常的に発生している.そのほかに,抗癌薬の計画エラーや,本来中止・再開した方がよかった抗血栓薬や免疫抑制薬の計画エラー(ミステーク)なども散見される.これらのヒューマンエラーを発端とし,薬物そのものの有害性が顕在化することが多い. とりわけ,後述するハイリスク薬(抗癌・免疫抑制薬,麻酔鎮静薬,抗血栓薬,循環作動薬,糖尿病薬)は,適正使用ではさほど大きな有害性がなくとも,過量投与,投与時期や経路の誤り,薬剤の誤り,患者の誤りなどのヒューマンエラーに対してきわめて脆弱であり,ヒトに傷害をもたらしやすい.
 ここでは,このような観点から,薬物療法におけるヒューマンエラーの特徴,ハイリスク薬,医原性疾患の予防について述べる.なお,薬物そのものの有害事象(副作用など)に関する詳しい解説は,他の薬理学書を参照されたい.
(1)薬物療法におけるヒューマンエラー
a.計画通り行動できなかったエラー(スリップ)
 インシデントの報告件数では,注射薬と内服薬がほぼ半々である.誤り(スリップ)の内容は,薬物の過量・過小投与,用法の誤り,薬剤の誤り,患者の誤りなど,すべてにわたるが,注射薬では「薬剤の誤り」,内服薬では「用法の誤り」が目立つ. たとえばインスリンの投与は看護師が行い,ダブルチェックを励行しているが,インスリンの誤薬は減らない.この理由として,①インスリン製剤の種類が多数あること,②食事の有無や食前の血糖値に応じて,インスリンの種類や用量を頻繁に変化させたり,中止や再開が頻繁にあるという複雑さ,③診療IT化が進むなかで,投薬指示と実施記録の経時的一覧性が失われていることなどが,おもな背景因子と推測される.
b.間違った行動計画を立案したエラー
(ミステーク) 薬物療法においては,ヒューマンエラーのうち,計画の誤り(ミステーク)の有無も最近はよく議論されるようになった.たとえば,侵襲的処置を行う前に抗血栓薬を休薬することと,その際にヘパリンなどの代替療法を行うことはよく知られた原則である.しかし,実際は,原疾患と計画する侵襲の相対関係により,血栓症発症リスクは症例ごとにさまざまである.したがって,一律に定めるのは難しく,①抗血栓薬を投与したまま侵襲的処置を行う,②抗血栓療法を弱めて侵襲的処置を行う,③抗血栓療法を完全に止めて侵襲的処置を行う,④原則のとおり,休薬期間中,ヘパリンなどの代替療法を行い,処置の前日にヘパリンを切り,処置の翌日からヘパリンを再開し,抗血栓療法が安定化したのちに,ヘパリンを切る.以上の4通り,またはそれ以上のバリエーションがある. これまでに,抜歯と内視鏡的ポリペクトミーについては,一定の用量の抗血栓療法であるならば,抗血栓薬を投与したまま侵襲的処置を行う(上記①)ことを推奨したガイドライン(研究成果)があるので参考になる.しかしながら,研究はまだ十分でなく,その他ほとんどの侵襲的処置では,事例ごとに患者の病状を勘案し,専門家が総合的に協議し最善と思われる方法を選ぶのが現状である.
(2)薬物療法に伴う医原性疾患とハイリスク薬
 ほとんどの薬剤インシデントでは,過失はあっても患者の影響度は2以下と影響度は低い.しかし,潜在的リスクが高いと指摘され続けている薬剤群がある(表16-3-7).これらは全薬剤数の15%程度であるにもかかわらず,インシデントにしばしば登場する.これらの薬剤の過量投与,投与時期や経路の誤り,薬剤の誤り,患者の誤りなどは,人体に大きな身体障害をもたらしやすい.ゆえに,これらはハイリスク薬剤群として慎重に扱った方がよいと考える(表16-3-7).
 これらのハイリスク薬剤群による致命的な事例を以下にあげる.①抗癌薬の過量投与による骨髄抑制および腎不全,②麻酔鎮静薬の過量投与による呼吸停止,③抗血栓薬の休薬忘れ(表16-3-8),または用量調節不良による出血性ショックや肺血栓塞栓症,④突然のカテコールアミン中断による血圧低下と蘇生処置による心室頻拍,⑤ステロイドの投与忘れによる離脱症候群など.
(3)薬物療法に伴う医原性疾患の予防
 注射薬では「薬剤の誤り」,内服薬では「用法の誤り」が目立つ.これらのエラーが発生するプロセス(準備,計画,実施,評価)を解析すると,注射薬の「薬剤の誤り」では準備,「過量過少」では実施,内服薬の「用法の誤り」では実施,のプロセスにおいて発生しているのが目立つ.すなわち,対策として,注射薬では,準備の段階の種類チェック,実施の段階の用量チェックにもっと力を注いだ方がよく,内服では,実施の段階の用法チェックをもっと工夫した方がよいと考えられる.最近では,診療ITの進歩により,注射薬については,薬剤払い出し時の薬品コードで,患者認証と種類,用量などのチェックが行われるようになり,この種類のインシデントは激減している.その一方で,コンピュータ認証しにくい,注入ラインのチェック,内服薬の用法違いが目立つ傾向にある.[本間 覚]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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